クローズアップ

特定非営利活動法人 東京ソテリア ~多様な文化や背景をもつ人たちが活躍できる社会のために~

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ソテリアファームで働くパキスタン人のナジールさんと支援員の大渕さん

「心身の健康」をテーマにやさしい味の手作りマフィンやラスクを販売する「ソテリアファーム」は、多様な文化や背景をもつ人たちが働くソーシャルファームとして、外国にルーツをもつスタッフも多く活躍する場になっています。経営面からお店をサポートする東京ソテリア法人事務局の塚本さやかさんに、活動への想いを伺いました。

 

人口当たりの精神科病床数が世界一レベルに多い、日本

東京ソテリア法人事務局の塚本さやかさん。日本語教師の経験を経て、在住外国人の支援や多文化間移動のメンタルヘルスに関心を持つようになったそうです。

ソテリアファームを運営するNPO法人 東京ソテリアは、精神障がいをもっても地域で当たり前に暮らせる社会を目指すNPO法人として、2009年に設立されました。
日本は人口当たりの精神科病床数が世界一レベルに多く、長期入院や薬の多剤大量処方もこれまで課題とされてきました。
「日本の状況は国際比較をしたときにかなり違和感があります。東京ソテリアは、こうした状況や課題認識を日本の中できちんと発信し、地域精神保健のより良いあり方を模索するために始まったプロジェクトなんです」と、塚本さん。
団体名にもある「ソテリア」はギリシャ語で「回復への贈りもの」を意味し、抗精神病薬のみに依存せずに病気や障がいからの回復を目指す、アメリカの障がい者支援プロジェクト(1969~1983年)に付けられた名前でした。プロジェクトが終了した現在でも世界各地でその支援方法は継承され、東京ソテリアもその精神を受け継いでいます。

 

東京ソテリアは精神障がい者に向けたグループホーム「東京ソテリアハウス」の設立に始まり、就労継続支援や、短期入所・日中一時支援事業、ソーシャルファーム事業(ソテリアファーム)など、障がいをもつ人たちが地域で暮らしていくために必要となる事業をこれまで展開してきました。

 

イタリアに学ぶ、障がいをもつ人たちが地域で働き、暮らしていける社会

エータベータ社会的共同組合では“再生”をテーマに、さまざまな背景をもつ職員たちが農業やレストラン調理、工芸品づくりなどを行っています。
写真提供:東京ソテリア

ソテリアファームは、「ソーシャルファーム」の認証を東京都から受けています。「ソーシャルファーム」とは、障がい者や長期失業者、薬物・アルコールの依存者といった就労が難しい人や、社会的に弱い立場にある人たちを積極的に雇用し、他の職員と対等な立場で共に働く場を創出する社会的企業を指します。ソテリアファームの事業を始める際に参考にしたのが、ソーシャルファーム誕生の地であり、精神医療改革の先進地ともいわれるイタリアの取り組みでした。
イタリアは1978年に国会の決定で全ての精神科病院を閉鎖し、地域サービスや社会的協同組合のサポートによって、障がい者やその他の社会的弱者が地域で働き、暮らしていくための仕組みを確立しています。東京ソテリアは2017年度から2018年度にかけてイタリアの社会的協同組合と共同プロジェクトを実施し、職員を現地に派遣しました。

「精神障がい当事者10名と支援者がイタリアのボローニャにあるエータベータ社会的協同組合で障がい当事者を含むイタリア人職員と共に就労しながらその仕組みやあり方を立体的に学んできました。社会的協同組合のような場がたくさん存在することで、困難性のある人たちが多様な働き方をできるとともに、障がいをもつ人も地域で暮らしていくことができます。この経験を元に、多様な人たちが対等に働く現場を作るため、2021年にソテリアファームをオープンしました」と、塚本さん。

本当の意味で「“対等”に働く」とは何か、模索する

店舗の近くにあるキッチンでスタッフがマフィンを手作りしています。焼きたての匂いが食欲をそそります。

 

ソテリアファームでは上下関係なく対等に働くことを目指し、全員で話し合いながら協同責任で運営していくことを大切にしています。「障がい者の就労支援は、支援者と被支援者という上下関係の構図が生まれやすいです。障がいがあるというだけで“指導”してしまうと、彼らの才能や可能性を奪ってしまいます。本当の意味で対等に働くとはどういうことなのか知りたくて、イタリアまで学びに行きましたからね。回り道になったとしても、全員で話し合いながら事業を進めていくのがソテリアファームの本質です」と、塚本さん。

 

ソテリアファームでは障がいの有無や国籍に関わらず、さまざまな人が働いています。多様な人々が働くことで生まれるシナジーがあるそうです。「精神障がいをもつ日本人の職員は、金髪と奇抜な格好から他の福祉事業所では浮いてしまって働きにくかったようなんです。でも、ここでは金髪も珍しくないので、馴染んでいましたね。 (ほか) にも、聴覚障がいのある (かた) は独語(独り言)の強い (かたが隣で働いていても気にならないなど、多様な人々が働くことでうまくいくことや、新たな可能性が生れることもあるとわかりました。」と、塚本さんは話します。

福祉制度からこぼれ落ちてしまっている人たちにアプローチしたい

四ツ谷駅前にある店舗は多くの人が行き交う交差点に位置しています。

「ソテリアファームの求人を出す際にメインのターゲットとしたかったのが、福祉サービスからこぼれ落ちてしまった人たちです」と話す塚本さん。
「精神疾患はどの国でもある程度同じ割合で発生するといわれています。国や文化を超え移動する人たちはメンタルヘルスの問題に直面しやすいともいわれています。しかし、日本の福祉制度を利用するための手続きは複雑で、日本語ができないと申請が難しいというのが現状です。日本在住で精神障がいをもつ外国人の中には、福祉サービスや医療にたどり着けていない人や、障がいのために働けない人が潜在的にいるのではないか、と私たちは考えました」。
働くことを通してそうした福祉制度につながれていない人たちにアプローチすることを目指し求人を始めたものの、初めはなかなかうまくいかず、外国人の支援団体や教会・モスクでチラシを配ったりする中で、少しずつそうした人たちともつながれるようになってきたそうです。

 

設立から4年、働く人たちには変化が出始めています。
「一人ひとりにそれぞれの変化があります。家庭の中における自分の立ち位置が変わる人とか。家族のいる男性であれば、“働くお父さん”としての役割を取り戻し、家族との関係性も良好になっているようです。ここで働くことで自信をつけ、一般就労に移る人も出始めています。ここでの経験を次に向かう糧にしてもらえたら嬉しいです」と、塚本さん。

 

多様な人が活躍するソーシャルファームから広がる、インクルーシブな社会

カラフルなマフィンは、スペイン産無添加トマトパウダーを使用した「完熟トマト」や、ミャンマーコーヒーの挽き豆を使った「コーヒー&ほうじ茶」、など国際色豊かで珍しい味を楽しめます。
写真提供:東京ソテリア

 

ソテリアファームで作って販売しているのは、保存料・着色料不使用、米粉ベースでグルテンフリーのマフィンです。当初はサラダやお弁当なども販売していましたが、現在はマフィンを中心に、マフィンから作ったラスクや、東京ソテリアの他の事業所で作ったグラノーラ、ミャンマーから輸入したコーヒーなどを販売しています。
「イタリアで学んだスローフードを大切にしながら、販売商品についてはメンバーで話し合って決めています。四ツ谷駅前の店舗のほか、企業などへの卸売りもしています」と、塚本さん。

 

東京都ではソーシャルファームの創設や活動の推進をしており、認証を受けると5年間補助金が交付されます。ソテリアファームも認証を受け、補助金を活用しながら経営していますが、もうすぐ交付期間が終了するため、一般的な企業と同じように売上を伸ばさなければ事業が継続できなくなります。
「ソーシャルファームは福祉事業をやっている人にとっては憧れなんです。障がいをもつ人たちと対等に働きたい、そんな社会を作りたいと多くの人が思っていても、経営していくのはかなり難しいというのが現状です。イタリアでは永続的な公的補助があるのに加え、プロやさまざまな人たちが社会貢献として無償で協力やコラボレーションをしてソーシャルファームを支える文化が根付 (ねづ) いています。理念に賛同してくれる (かた) が増え、ソーシャルファームのような場が日本にも広がっていくことで、インクルーシブな社会につながっていってほしいですね」と、塚本さん。

多様な人が対等に働くインクルーシブな社会を目指してさまざまな課題と向き合うソテリアファームからは、今日もおいしそうなマフィンの香りが道行く人をやさしく包み込みます。

 

記事に書ききれなかった取材の裏話などは、取材に同行した東京都つながり創生財団 多文化共生課の職員による取材レポートでぜひお読みください♩

*本記事は取材時点での情報をもとに作成しています。最新の情報については、団体へ直接お問い合わせください。