クローズアップ
ナマステ江戸川区 ~ 多文化共生社会の実現を、東京の“リトル・インディア”江戸川区から ~

ナマステ江戸川区は、外国人と日本人がお互いに理解し合い共に暮らしていく「思いやりのある共生社会」のロールモデルとなることを目的とし、インド出身住民が多い江戸川区で在日インド人と日本人の交流事業を行う市民団体です。日本の団体として一方的になにかを提供するのではなく、お互いの文化を持ち寄り掛け合わせる場を通して、日本とインド、そのほかの国の人々の壁をなくし、思いやりをもって支え合える社会にしていきたいという思いがあります。ナマステ江戸川区を代表して、インドで暮らした経験がありインド人をよく理解する日本人、近藤祐市さんと、日本に長く暮らし日本人をよく理解するインド人のマハウィル サハニさんにお話を伺いました。
東京で最もインド人が多い街・江戸川区

江戸川区に住む外国人は36,947人。とくにインド人が5,717人、と都内でもっとも多い区として知られています(2022年7月、東京都の統計より)。2022年1月号のクローズアップでもご紹介したように、江戸川区内では長年インドの方々が生活にインドの文化をうまく取り入れながら、日本人と地域で共生する努力をしてきました。
代表者の近藤祐市さんがナマステ江戸川区を設立するきっかけになったのは、大学卒業後のインド留学までさかのぼります。在学中にゼミでインド経済を勉強したことをきっかけにインドに関心を持ち、将来性や留学費用を考えインド留学を決めたそうです。「(現地で)インドの人たちを知って戻ってくることで、日本とインド双方に求められる人材として、社会の役に立てるのではないかと考えました」。
単身インドに渡った近藤さんが不慣れな現地でやっとみつけたホームステイ先は、二人の子どもを持つ母子家庭でした。ホストマザーは近藤さんを温かく迎えてくれただけでなく、インドでの生活全般に気を配ってくれ、この家庭と出会っていなければ、自分はどうなっていただろうかと考えることが今もあるそうです。
「留学前の私はインドに『助けに行く』と少し思い上がった気持ちでしたが、実際には自分の方が助けられました。お世話になったホストマザーやインドの人たちへの感謝を忘れることはありません」。
インドに恩返しがしたくて立ち上げたナマステ江戸川区

ホームステイをしながらインド・ネルー大学院とデリー大学院に進学した近藤さんは、現地で5年間を過ごした後、帰国後は海運関係の会社に就職。インドと日本の輸出入の仕事をしながらも、どこかでインドに恩返しがしたいと考えていました。そんな中、ネルー大学卒業生のコミュニティで出会ったのが、大学の先輩にあたるマハウィルさんです。マハウィルさんに思いを打ち明けた近藤さんは、2020年11月、ともに東京で最もインド人の多い街・江戸川区で、ナマステ江戸川区を立ち上げます。
インド人が多く居住しながらも、どこかまだ日本人とインド人の住民の間の分断が残る江戸川区で始めたのは、お互いを知る交流の場の開催です。「区の学童施設で日本とインドの子どもたちと一緒にインドカレーを作ったり、区民館で区民にインドのダンスを披露したり。また南インドにはヒンドゥー教の神様の人形を飾る、Goluという日本のひな祭りによく似たお祭りがあります。日本とインドの家族40名ほどにご参加いただいて、日本のひな人形と一緒に飾ってひな祭りを楽しみました」と近藤さん。
江戸川区に住むインド人の中には、日本語が話せず日本人とコミュニケーションを取ることが難しい人もいますが、お互いの文化を掛け合わせることで、そうした人たちも参加しやすい文化交流、そしてコミュニケーションの「場」を創出しているといいます。
「日本とインドには共通点も多いので、インドについてもっと皆さんに知ってもらうことが私たちのミッションでもあります」とマハウィルさん。
江戸川区は場所も人も、活動しやすい環境がある

近藤さんたちが活動の拠点を江戸川区にしたのは、インドとのつながりの深さはもちろんですが、活動のしやすさもあったといいます。
「江戸川区は外国人が住むうえでの環境が整っていますし、活動しやすい場所です。また外国人に対してオープンな人が多いと思います。団体同士で連携して活動できる地盤もあります」と近藤さん。インド人以外の外国人も多く住んでいるため、多文化共生に向け行政面での条例が整っており、他の団体や区の議員など協力者も多いといいます。また、外国人向けにオープンに活動している団体が多いそうです。
ナマステ江戸川区は3人で運営していますが、イベントによっては20~30人のボランティアと活動することもあるそうです。江戸川区にはインドでも親しまれている野菜「メティ」を栽培する「『えどがわメティ』普及会」など、さまざまな団体があり、イベントなどで団体同士協力し合うこともあると近藤さんは話します。「自分たちだけで活動していると、アイディアが出にくくなることもあります。江戸川区内の団体はもちろん、ほかのインドの方が多い地域との連携も考えています。また『多文化』だけでなく『多世代』でも活動していきたいですね」。
ホームビジットで学生たちにインドへの国内留学体験を

2022年6月からは日本の学生にインド人家庭を訪問し半日を過ごす機会を提供する、ホームビジットを新たに始めました。企画した背景には、近藤さんとマハウィルさんのどちらもホームステイを経験していることがあるようです。「私も日本に来て、初めてのひとり暮らしで、寂しい時期もありました。日本の家にホームステイをして、日本の家庭の一日の流れを学んで、親しく話をしたり、日本の家庭料理を味わったりしました。いろいろな体験ができて、日本に来てよかったなと初めて思いました」とマハウィルさん。学生たちを受け入れたいというインド人の家庭も多いといいます。とくに日本語が話せないために普段家にいることが多く孤立しやすい主婦の方々にとっては、学生たちと一緒にカレーを作ったりするだけでも日本社会とつながるきっかけになり得ると話します。
また、主な対象を学生としたことについて「インドに行きたいという学生が結構いるのですが、今はコロナ禍で留学が難しいからです。これまで参加した学生もインドに行ったことのない学生がほとんどなので、衣食の基本的なところで驚かれていました。日本のカレーとまったく違う、インド本場のカレーを食べたり、民族衣装のサリーを着たり…国内留学という形で、少しでも生きたインドの文化を体験してほしいです」と近藤さん。
インドの方々やインドの文化と接することで視野を広げ、自分の可能性を開くきっかけに、また、自分自身を見つめる機会にもしてほしい、とお二人は話します。
日本とインド、お互いの文化を通じて対話と交流を重ねる

お二人はこれからのナマステ江戸川区の活動について、さまざまな構想を練っています。
現在は市民団体として行政に登録していますが、今後の法人化も検討しているそうです。また、ビザの申請や会社の設立などの際の法的な手続きをサポートするために、近藤さん自身、行政書士の資格を取る準備を進めているといいます。マハウィルさんも「コロナ禍で難しかったのですが、もう少し団体のメンバーを多くして、日本人とインド人が交流できる『場』や『機会』を増やしていきたいですね。交流を通して、インド人と日本人でお互いに助け合える関係性をつくっていきたいです」と話します。
交流を通じた多文化共生社会の実現を目指す一方で、課題も感じているといいます。
「自分たちのイベントに参加してくれる人たちの多くは外国や多文化共生に関心のある人たちです。一方で、外国人に対しあまり良い印象をもたない人たちも一定数います。在住外国人が増える中で、日本人が変わっていかないといけないと思います。一世代ではなかなか難しいかもしれませんが、その土壌をつくって次の世代の子どもたちにつなげていけたらと思っています」と近藤さん。
在住外国人が増えているとはいえ、人によっては接する機会がまだ限られているのかもしれません。お互いの文化を通じ対話と交流を重ねていくことで、お互いを知り、共生社会の一員として助け合える関係性に。そうした積み重ねによって、多文化共生社会が実現していくことでしょう。
*本記事は取材時点での情報をもとに作成しています。最新の情報については、団体へ直接お問い合わせください。