やさしい日本語

活用事例

アーツカウンシル東京(東京都歴史文化財団) やさしい日本語でつなぐ、芸術文化・文化施設との出会い

 
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東京都と、アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)が推進する「クリエイティブ・ウェルビーイング・トーキョー(CWT)」は、芸術文化へのアクセシビリティ向上を目指すプロジェクトです。障害の有無や、言語・文化の違いを超えて、だれもが文化施設やアートプログラムと出会い、参加できる環境づくりを進めています。このプロジェクトの一環として、都立の文化施設で展開されているのが、やさしい日本語を活用した取り組みです。プロジェクトの全体像や具体的な取り組みについて、アーツカウンシル東京 事業部 事業調整担当課長の駒井さんにお話を伺いました。

 

 

だれもが芸術文化を楽しめる東京都を目指して

――アーツカウンシル東京について教えてください。

アーツカウンシル東京は、東京都の芸術文化政策を推進する機関です。公益財団法人東京都歴史文化財団の一部門として設置され、新たな芸術文化創造のための基盤整備や、東京の独自性・多様性を追求したプログラムの展開、多様な芸術文化活動を支える人材の育成、国際的な芸術文化交流の推進などに取り組んでいます。

 

――「クリエイティブ・ウェルビーイング・トーキョー(CWT)」について、簡単にご説明ください。

だれもが芸術文化と出会い、体験し、参画できる環境づくりを目指して、東京都とアーツカウンシル東京が進めているプロジェクトです。「都立の文化施設や文化事業を中心としてアクセシビリティ向上のための環境を整える」、「関係機関と連携して社会的な課題と向き合う事業モデルを開発する」、「イベントの開催などを通して情報を発信・共有するネットワークを築く」という3つの取り組みを行っています。小さな子どもからお年寄りまで、障害のある人もない人も、海外にルーツをもつ人たちも含めて、多様な人たちが芸術文化を楽しめる東京都を実現すること。それが、このプロジェクトの目標です。

 

だれもが文化でつながる国際会議2025
CWTのプログラムのひとつ「だれもが文化でつながる国際会議」の様子。

 

3つのステップでアクセシビリティ向上に取り組む

―― CWTの最初のステップ「環境を整える」取り組みについて、詳しく教えてください。

2025年秋の世界陸上・デフリンピックを見据えて2023年度から3 (ねん) 計画をスタート、「文化施設や芸術文化に出会うまで」、「芸術文化を楽しむ」、「芸術文化に参画する」の3つのステップに分けて、アクセシビリティ向上のための環境を整えてきました。具体的には、文化施設やアートプログラムを知っていただくための情報提供や、受付対応、施設案内といった情報サポート(ステップ1)、展示やプログラムを安心して楽しんでもらうための情報保障や補助ツールなどの鑑賞サポート(ステップ2)、作品の制作やプログラムの企画・運営、ツールの開発などに積極的に参加してもらうための参画サポート(ステップ3)です。

 

―― 3つのステップのどの部分で やさしい日本語を活用されているのでしょうか。

やさしい日本語というツールは、どのステップにおいても役立つと思いますが、まずは、ステップ1の「文化施設や芸術文化に出会うまで」で活用しようと考えました。文化施設が近くにあることを知らない方や、障害や言語・文化の違いなどから「自分が () ってもよいのだろうか」と感じている (かた) 、また、そもそも情報へのアクセスが難しい (かた) など、これまで十分にアプローチができていなかった方々がいらっしゃいます。そうした方々に向けて、「ぜひ来てください」という文化施設側からのメッセージを届けたいという思いから、都立の文化施設全館(美術館・博物館・劇場・ホール)の社会共生担当の職員に、「やさしい日本語の施設案内をつくりましょう」と呼びかけたのです。

 

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文化施設での勤務経験が豊富な駒井さん。
「ロビーでのんびり過ごすだけでもいいので、施設を利用してほしい」と言います。

 

 

だれもが利用できる文化施設であるために

―― やさしい日本語の案内をつくろうという提案への反応はいかがでしたか。

2024年4月から各施設に一人ずつ配置された社会共生担当の専任職員は、「社会共生」という文脈の中で、日本語を母語としない (かた) や難解な日本語が難しい (かた) に向けた案内の必要性を理解してくれました。ただ、アクセシビリティ向上のために取り組むべきことが数多くある中で、「なぜ やさしい日本語の案内なのか」「多言語化した (ほう) がいいのではないか」という声も上がりました。また、「やさしい日本語を必要としている来館者がいない」「やさしい日本語の案内をつくっても、対象となる人たちが楽しめるプログラムがないのでは」といった意見も聞かれました。それでも、公立の文化施設はだれもが使えるものであるべきだ、来館してもらえないのは施設側の工夫が不足しているからだという強い思いがあったので、「とにかくつくりましょう」と各担当に伝えたんです。制作が決まってからは、最初の一歩として、やさしい日本語について学ぶ勉強会を開くところから始めました。

 

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月1回、開催されている各施設の社会共生担当が集まる連絡会。
事例発表や取り組みの共有など、情報交換の場となっています。

 

各施設が工夫して作成した、やさしい日本語の施設案内パンフレット

―― やさしい日本語の施設案内の制作はどのように進められたのですか。

すべての施設で統一したものを作るのではなく、デザインも内容も、施設ごとに考えて制作してもらいました。こちらからお願いしたのは、ただ既存の施設案内を簡単にするのではなく、本当に自分たちが伝えたいことは何かを整理し、凝縮して載せてくださいということです。今まで施設に来たことがない (かた) に対して、何を伝えれば興味を持ってもらえるのか——。それを考え、情報をぎゅっと絞り、エッセンスを取り出す作業ができるのは、やはりその施設の人たちだけです。やさしい日本語への翻訳や監修を外部に委託するとしても、エッセンスの絞り出しまでは自分たちで挑戦してほしかった。結果的に、各施設が自由に工夫を重ねながら制作したことで、バラエティ豊かな施設案内が出来上がりました。

 

―― 各施設の制作の様子はいかがでしたか。

渋々始めたところもあったかもしれませんが( (わらい) )、そこは社会共生担当の職員たちですので、作業を進めていくうちに楽しくなってきたようでした。制作の過程では、どう情報を絞って何を載せるかを考えるのが一番難しかったようです。すんなり決まった施設もあれば、情報の取捨選択に時間を要したところもありました。つい、あれもこれも書きたくなる気持ちもわかるのですが、基本的な施設案内として、「この施設でどんな楽しみ方ができるのか」という視点でまとめてほしいと伝えました。

 

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東京都庭園美術館のやさしい日本語ガイドブック。
美術館の案内や建物の特徴等がやさしい日本語で書かれています。

 

―― 施設案内以外に、全館でやさしい日本語を導入しようとしている取り組みはありますか。

緊急時の避難誘導へのやさしい日本語の導入ですね。多くの来場者に同じタイミングで同じ量の情報を届け、安心と安全を確保しなければならない場面において、やさしい日本語のサインやアナウンスを使って、目で見ても耳で聞いてもわかりやすく伝えることが有効だと考えています。東京文化会館や東京都庭園美術館では、既に、スタッフが常時携帯できる旗やフリップボード、コミュニケーションカードといったツールを開発しており、今後、他の施設での導入も検討していく予定です。

 

災害時のサイン旗
東京文化会館のやさしい日本語の避難誘導 (ばた)

 

やさしい日本語で進める、芸術文化や文化施設への入口・きっかけ作り

―― 施設案内の制作をきっかけに、各施設で やさしい日本語の活用が進んでいるそうですね。

やさしい日本語の制作物を作る過程を通して、各施設の職員が興味を深め、自分たちでやさしい日本語の研修を開いたり、新たな活用方法を考えたりするようになりました。たとえば、やさしい日本語で美術館のルールをまとめたカードをつくったり、展覧会の解説リーフレットを制作したり、やさしい日本語を活用した体験型ワークショップを企画した施設もあります。こうした取り組みは社会共生担当の連絡会で他の施設にも共有され、さらに新たな取り組みが広がっていきます。こうした横のつながりがあることも、都立の文化施設の強みのひとつだと思います。

 

―― ここまでの取り組みを振り返って、どのような感想をお持ちですか。

芸術文化という分野における やさしい日本語の可能性と難しさの両方を感じています。演劇のセリフや展示品・所蔵品の解説など、どうしても やさしい日本語で伝えることが難しいものについては、やはり多言語で対応するなど、ほかの方法を考えていく必要があるでしょう。 一方で、やさしい日本語で「welcome(ウェルカム)」というメッセージを伝えることによって、芸術文化や文化施設への入口やきっかけを作ることはできると思うんです。実際に各館で行っている やさしい日本語の取り組みを知った方々からは、「美術館に親近感を持つことができた」「地域の仲間として大切にしてもらったように感じる」といったうれしい声もいただいています。これからも、だれもが芸術文化を楽しめる共生社会の実現を目指して、積極的に やさしい日本語を活用していきたいと考えています。