日本赤十字社愛知県支部 やさしい日本語で学ぶ救急法。外国人も「支援される側」から「支援する側」へ
災害時の救護活動から医療施設の運営、献血の普及事業、救急法の講習、ボランティア活動の支援など、幅広い分野で活動している日本赤十字社。全国47都道府県にある支部のひとつ、日本赤十字社愛知県支部では、地域における取り組みとして、「子ども・子育て世代の支援」「高齢者健康生活支援」「多文化共生社会の実現に向けた事業の推進」「災害時の被災者支援」の4つを重点分野に掲げ、さまざまな事業を展開しています。多文化共生の実現に向けた事業では、外国人住民がコミュニティにおいて「支援される側」から「支援する側」になることを目指して、やさしい日本語で救急法を学ぶ講習の開催や外国ルーツの救急法指導員の養成などに取り組んでいます。
愛知県支部で多文化共生事業を推進してきた事業部社会活動推進課の佐藤さんと、同課で講習を担当している植原さんにお話を伺いました。
東日本大震災をきっかけに、外国人住民を対象とする事業を構想
――愛知県支部で多文化共生事業が始まったきっかけを教えてください。
私が愛知県支部へ異動してきたのは東日本大震災が発生した直後の2011年4月、ちょうど「外国人と防災」が大きなテーマとして注目されるようになったタイミングでした。日本赤十字社は、医療救護活動や避難所支援について長い伝統と歴史がありますが、災害時の被害や困りごとの割合が日本人より多いとされる外国人住民を対象とする事業には、この頃まだ取り組んでいませんでした。けれども、愛知県は全国でもトップレベルで外国人の多い地域です。外国人住民の防災・減災や地域の多文化共生を進めていくために、赤十字として何かできることはないだろうかと考えたのが、そもそもの始まりでした。
とはいえ、すぐに大きなことはできないので、まずは外国人の方々に自助力をつけてもらうために、AEDの使い方や心肺蘇生の方法、けがをしたときの止血法などを学ぶ救急法の講習を実施しようと考えました。ただ、「心肺蘇生」「止血」といった言葉の意味を日本語が母語でない人たちにどうやって伝えるかが課題で……。そんなとき、 やさしい日本語というものがあることを知り、それを使って講習をやってみよう、ということになったんです。2013年頃から若手の中で興味のありそうな人に声をかけて検討を進め、2014年に事業として立ち上げました。
ーやさしい日本語による講習を始めるにあたり考えていたコンセプトがあるそうですね。
「支援される側から支援する側へ」というコンセプトを最初から考えていました。というのも、災害時の「要配慮者」の中に、妊産婦や高齢者、子どもと並んで外国人が含まれていることに、ずっと違和感があったんです。阪神・淡路大震災で、避難の仕方や避難所の場所といった情報を得られず被災した外国人住民がいた一方で、東日本大震災の被災地では、外国人ボランティアが活躍していた。知識や情報がないから支援される側になってしまうだけで、要配慮者と一括りにして良いのか? 災害時や緊急時に必要な知識と技術を身につければ、外国人も支援する側になれるはず、という思いがありました。

日本語学校でのAED講習の様子(右:講習指導をする植原さん)
――組織内での反応はいかがでしたか?
社内でもすんなりと理解が進んだわけではありませんでした。「外国人なら英語でやればいいんじゃない?」という声も聞かれました。ただ、愛知には製造業で働く外国人が多いのですが、必ずしも英語が得意な方ばかりではありません。だからまずは、「外国人=英語対応」という思い込みを解くところから始まりました。また、外国人に対して全員がポジティブなイメージを持っているわけでもなかったので、「赤十字の講習で外国人住民に応急手当の知識や技術を広めていけば、自助力が向上するだけでなく、きっと地域の力になってくれますよ」と説得しました。
もっとわかりやすく伝えるために、やさしい日本語のテキストを作成
ーやさしい日本語のテキスト作りにも取り組まれたそうですね。
当初は自分たちでテキストを作っていたんですが、多文化共生に取り組んでいる大学の先生やNPOの方々からたくさんのご指摘をいただきました。当時の講習の担当者も頑張り、愛知県立大学の日本語教育課程の教授と学生の皆さんに協力していただいて、やさしい日本語のテキストの制作を始めました。やさしい日本語化する際のジレンマのひとつが、どうしても情報量が限られてしまうことです。「やさしくするためにこの情報は落とした方がいいのでは?」、「でもこれは大事な情報だから残したいんです」といったやりとりを何度も重ね、2018年にようやく出版することができました。

イラストを多く掲載し、文章はできるだけ短く箇条書きにする等の工夫を凝らしています。
――やさしい日本語の講座は普及してきていますか?
市町村の多文化共生の担当部署や国際交流協会などへの売り込みを続け、徐々に広がってきています。外国ルーツの子どもが多い公立の小中学校でAEDの講習を実施したり、外国人入居者の多い県営・市営住宅の自治会に呼ばれて防災の勉強会で講習をやらせてもらったり、イスラム系住民の多い地域のモスクで救急法を教えたこともありました。学校の先生からは、「普通の日本語の講習では言葉がわからずつまらなそうにしていた子どもたちが、やさしい日本語の講習には積極的に参加していました」といった、うれしい声も寄せられています。

モスクでの救急法講習の様子
今は、講習の依頼を受けた際に一般のテキストと やさしい日本語のテキストの両方を提示して、受講者の日本語能力に応じて選んでいただくようにしています。実際に やさしい日本語のテキストで講習を行ってみると、受講者の反応が良く、理解度も高まっていると感じます。また、外国人だけでなく、講習の対象が小学生の場合などにも、やさしい日本語のテキストを使ってほしいと依頼されることがあります。
外国ルーツの救急法指導員が活躍
ー外国ルーツの救急法指導員も養成しているそうですね?
やさしい日本語でも難しいという方たちに対して、母語で災害時や緊急時に必要な知識と技術を伝えられる人材が必要だと考え、外国ルーツの救急法指導員の養成を始めました。現在、インドネシア、パラグアイ、ブラジルにルーツを持つ3人の指導員がいます。在住歴が長く、日本の企業での勤務経験も豊富で、日本語が流暢な方たちなので、外国人対象の講習だけでなく、通常の日本人向けの講習も担当していただいています。

実は、指導員の資格を取るのは、なかなか大変なんです。まずは、4時間の基礎講習と3日間の救急員養成講習を受け、検定に合格することが指導員養成講習を受講する条件となっています。そこから2日間の事前研修と5日間の指導員養成講習を受講、さらに筆記と実技の検定試験をクリアすると晴れて指導員資格が得られます。講習も検定試験もすべて日本語で行いますので、かなりハードルが高いと言えるのではないでしょうか。
外国ルーツの救急法指導員となったお一人が、「この資格を取ったことが自分の中で大きな自信になりました」と話してくださいました。外国人だからと肩身を狭くするのではなく、資格を活かして活躍し、支援される側からする側になってくれたことが、とてもうれしかったですね。その姿を見て、自分も資格を取りたい、人を助ける側に回りたいと思う人が増えていくことを願っています。

「分け隔てなく助け合う」赤十字の理念で多文化共生を広める
ー今後の取り組みや期待したいことがあれば教えてください。
今、新たに12名の外国ルーツの方が、次の指導員講習を受ける準備をしています。さまざまな国籍の方がいらっしゃるので、これまで以上に多様な市民に救急法を届けられるようになると期待しています。赤十字の講習会で技術と知識を身につけてもらって、地域の中で助け合う関係を広げていってほしい。加えて、そうした活動を通じて、赤十字への理解者が増えていけばうれしいです。
愛知県支部では、多文化共生の実現に向けて、地域連携も積極的に行っています。たとえば、外国人学校での健康診断の実施支援や、地元のスポーツチームと協働したサッカー教室とAED講習を組み合わせたイベントの開催、自治体・大学と連携した教職員向けの多文化共生教育研修など、さまざまなニーズに応じた事業を展開しています。
多文化共生事業を始めた当初は、活動に関わってくださるボランティアさんの中に、「外国人と一緒に何かをやるの?」と少し構える方もいらっしゃいました。でも今は、防災訓練の炊き出しの際に「イスラムの人たちが食べられないから豚肉を入れない方がいいですよね」と配慮したり、救急講習のポスターや看板についても「やさしい日本語で書いた方が伝わりやすいのでは」などの提案が聞かれるようになっています。こうした意識の広がりは、「分け隔てなく助け合う」という赤十字の理念そのものだと感じています。万が一、倒れている人がいたり、災害が起こったりしたときに、国籍を問わず人を助けることができる人が増えていってほしい。愛知県支部ではこれからも、地域に根差した取り組みを続けていくつもりです。