兵庫県立ピッコロ劇団 やさしい日本語を使った演劇ワークショップで進める、地域の多文化共生

兵庫県に拠点を置く県立「ピッコロ劇団」では、公演活動に加えて、アートを通じた地域交流活動の一環として、地域に暮らす日本人と外国人を対象に「やさしい日本語」を活用した演劇ワークショップを行っています。
今回は、ピッコロ劇団の俳優部の菅原ゆうきさんと制作を担当する河東真未さんに、ワークショップの概要や反響、多文化共生への取り組みなどについてお話を伺いました。
県立劇団として、演劇を用いた地域課題の解決に取り組む
――兵庫県立ピッコロ劇団についてご説明をお願いします。
ピッコロ劇団は1994年に設立された県立の劇団で、兵庫県立尼崎青少年創造劇場(ピッコロシアター)をホームグラウンドに活動しています。劇団代表は劇作家・演出家・俳優の岩松了で、現在32名の劇団員が所属しています。俳優の他にも、演出、舞台監督、制作などを担当するスタッフも在籍しています。
また、演劇を基礎から学ぶことができるピッコロ演劇学校と、舞台のスタッフワーク(照明・音響・美術)を学ぶピッコロ舞台技術学校も運営しており、ここでは劇団員が講師も務めています。
劇場の中に劇団と学校が併設されているのが大きな特徴だと思っています。私もこの演劇学校を卒業して、劇団に入団しました。

――ワークショップ「にほんごであそぼう!」はどのように始まったのでしょうか。
日本劇団協議会が、演劇の力を活かして社会課題を解決することを目的に「やってみようプロジェクト」という事業を行っていまして、全国の公立文化施設に対し「プロジェクトを一緒にやりませんか」という呼びかけをされていました。
この呼びかけに応じたのが、兵庫県小野市にある「うるおい交流館エクラ」です。この施設内にはNPO法人小野市国際交流協会もあり、多文化共生に向けた取り組みの一つとして、演劇を活用した交流活動を模索していました。そこで、日本劇団協議会が同じ兵庫県内のピッコロ劇団をマッチングし、三者で協力してワークショップを実施することになりました。
――ワークショップの概要や目的を教えてください。
地域に暮らす外国人と日本人が安心して楽しく「やさしい日本語」を使いながら、演劇の手法を取り入れたワークショップを通じて交流や相互理解を深めることを目的としています。小野市でも外国人住民の増加が年々進んでいますが、日本人住民との接点がなかなか持てなかったり、地域になじめなかったり、外国人の方に対する誤解もあり住民間のトラブルに発展することもあったようです。
演劇の要素を活かしたコミュニケーションや交流を通して、地域に生活する外国人と日本人がお互いの理解を深めることを目的に、ワークショップを開催することになりました。平成30年度に小野市でスタートし、令和4年度からは加東市にも広がりました。ワークショップを通じて、日本人と外国人がいきいきと共生できる地域社会の実現をめざしています。
ワークショップを企画する際、まず外国人が地域社会に関わる上での課題をヒアリングしました。小野市には工業団地で働く外国人技能実習生が多く、日本語を学んだとしても、職場以外の日常生活で使う機会が少ないことが分かりました。また、日本語の授業についていけず引きこもりがちになってしまう子どもや、ごみの分別ルールの違いによる誤解など、多様な課題が浮かび上がりました。
演劇ワークショップで生まれる地域住民同士のコミュニケーション
――ワークショップの具体的な内容を教えてください。
事前に関係者間での情報共有や打ち合わせをしっかり行い、参加者の日本語の習熟度や配慮すべき点を把握したうえで、内容を調整しています。
流れは大まかに次のようになります。まず、導入のアイスブレイクでは、日本語の習熟度による差を意識させないよう、言葉を使わないノンバーバルな遊びからスタートします。参加者の緊張がほぐれ笑顔が増えてきたら、日本語を使った簡単な自己紹介を行い、その後は、ひらがなを使ったワークや体を動かすワークを通じて、楽しく交流します。最後に、いくつかのグループに分かれ、「動物園」「オリンピック」などの風景をテーマにしたシーン発表を行って終了することが多いです。
演劇ワークショップというと、一般的には「役者のための訓練」というイメージがあるかもしれません。しかし、私たちが大切にしているのは、演劇の要素を応用したコミュニケーションです。参加者同士が身体を使いながら楽しく遊び、自然に交流できることを重視しています。

――参加者はどのように募集していますか?年齢や国籍なども教えてください。
小野市の国際交流協会が集客用のチラシを作成し、日本語教室の受講生などに配布しています。そのほか協会の理事の中にも非常に積極的な方がいて、町中に出かけて「ワークショップに参加してみませんか?」と声をかけ参加者を集めてくださっています。また、加東市でも加東市国際交流協会を通じて、市報に情報を掲載したり、日本語教室でチラシを配ったりしています。さらに、加東市には兵庫教育大学があるため、その留学生にも声をかけてくださったりしています。参加者の年齢や国籍は多様で、70〜80歳の方から小さな子どもまで幅広く参加しています。生まれたばかりの赤ちゃんを抱っこしたお母さんが参加することもありました。

――参加者の中に日本語がほとんど通じない方がいた場合は、どのように対応されていますか。
日本語の習熟度については、わかる範囲で事前にお知らせいただき、できる限り対応していきます。例えば、日本語が全くわからない場合は、国際交流協会の方に通訳をお願いすることがあります。また、外国人の参加者同士で助け合い、日本語がわかる方がフォローしてくださることもあります。
演劇の力で異文化の壁をこえる
――実施にあたって、難しかった点や苦労したことなどはありますか?
ジャンケンを使ったワークをしようと思っても国によってルールが異なったり、宗教や文化的な理由で身体接触ができなかったりする場合もあり、文化の違いを理解したうえでメニューを作ることに最初は気を遣いました。
最近では、市からの依頼で、地域の課題である災害時の避難行動や、ゴミの出し方・分別方法を伝える要素をワークショップに取り入れることもあります。防災やゴミの出し方など、生活に関する情報をすべて伝えるのは難しいと思いますが、ゼロだった情報をイチに繋げるための、初歩的な情報をキャッチするきっかけにはなるのかなと考えています。ただ、内容を盛り込みすぎてしまうと、演劇を通じて楽しく交流するというワークショップ本来の目的を見失いかねません。参加者にどのような時間を過ごしてもらいたいのか、何を感じてほしいのかを意識することが大事だと感じています。
――このワークショップはどのような意義を果たしていると思いますか?
地域の課題に対して、演劇という手段を通じて少しでも貢献できていることが嬉しいです。今後、ますます日本で暮らす外国人は増えていくでしょうし、文化や生活習慣の違いから誤解が生じることもあると思います。やさしい日本語やワークショップを通じて交流を深めることで、誤解を解消し、共に手を取り合って生きていけると信じています。現在は小野市と加東市のみで行っていますが、将来的には兵庫県内だけでなく、全国へと活動を広げられたらと考えています。
――実施後の参加者からの感想や反響についてお聞かせください。
参加者の中には、「これまで学校や職場と家を行き来するだけだったのが、ワークショップに参加することで地域の人々と繋がることができた」と喜びの声を寄せてくださる方もいました。また、参加者同士がFacebookなどで交流を深め、後日一緒に遊びに行ったという話もありました。国際交流協会の方や日本語教室の講師の方からも、「日本語教室でしか知らなかった参加者の新しい一面を知り、より話しやすくなった」という反響をいただいています。
―― 今後予定している取り組みや、意気込みを教えてください。
他の自治体からもワークショップの視察が来ているので、今後活動が広がる可能性もあります。また、ピッコロシアターで取り組んでいる障害のある方への舞台鑑賞サポート活動を、多文化共生という観点からさらに広げ、外国の方々にも対応できるようにしたいという声が上がっています。
舞台鑑賞サポートに取り組んでいます。耳が聞こえない、または聞こえづらい方々へ向けてバリアフリー字幕を付けたり、視覚に障害のある方々へ向けて音声ガイドを提供したりしています。昨年上演した「さらっていってよピーターパン」では、盲学校の生徒や聴覚特別支援学校の生徒、さらには小野市に住む外国人の皆さんも観客として訪れた回がありました。小規模な県立劇団だからこそできるフットワークを活かして、この地域に根ざした多文化共生や、演劇を活用した社会貢献にこれからも取り組んでいきたいと思っています。