SmartHR 誰もが自分らしく働けるよう、ユーザーをやさしい日本語でサポート

株式会社SmartHRは、外国人や障害のある従業員など、さまざまな背景を持つ利用者に向けて、クラウド人事労務ソフト『SmartHR』にやさしい日本語への切り替え機能を実装しています。
2024年6月のホーム画面のやさしい日本語化にはじまり、2024年10月には年末調整機能でもやさしい日本語を活用。開発リソースやコスト面での課題を乗り越え、構想から約1年という短い期間でやさしい日本語のサービスを拡大させています。 今回は、株式会社SmartHRでやさしい日本語導入に取り組まれている、アクセシビリティ本部 アクセシビリティスペシャリストの坂巻舞羽さんにお話を伺いました。

あらゆるユーザーにとって使いやすいサービスを追求するSmartHR
――まずは、貴社とアクセシビリティ本部について教えてください。
当社ではクラウド人事労務ソフト『SmartHR』を展開し、雇用契約や給与明細、年末調整などの手続きをすべてオンライン上で行えるサービスを提供しています。
コーポレートミッションとして「well-working」を掲げており、「労働にまつわる社会課題をなくし、誰もがその人らしく働ける社会をつくる。」ことを目指します。 「誰もがその人らしく」を実現するために、あらゆるユーザーにとって使いやすいサービスを追求しています。
私が所属するアクセシビリティ本部は、外国人や障害者などいわゆるマイノリティの立場の方々も含めた、誰もが使いやすいサービスの提供を目指す部署です。ソフトウェア開発においては、ニーズの大きいマジョリティのユーザーに向けて機能を開発されることがどうしても多くなります。そうした際、マイノリティになりやすい立場の方々の視点から、開発の改善やアドバイスを行っています。
ソフトウェアの多言語化対応を行うチームと、主に障害者の方に向けたウェブアクセシビリティを担当するチームの2つがあり、合わせて12人程度の規模です。多言語化チームは6人中5人が外国出身で、アクセシビリティチームも7人中3人が身体障害をもつ当事者なので、高い割合で当事者が所属しているのが特徴です。
社内リソース等の課題を乗り越え、約1年でやさしい日本語を導入
――どのようにやさしい日本語の導入を進めましたか。
「マイノリティの方々に向けたサービスにやさしい日本語が使えるかも」と考え出したのは、2023年の6月頃です。それ以前からやさしい日本語のことは知っていて、私たちの担当するアクセシビリティサービスの部分で活用できそうだ、ということは感じていました。 当社のプロダクトでは多言語化にも力を入れていますが、すべての言語に対応できているわけではありません。カバーできていない言語を母語とするユーザーを、やさしい日本語でサポートできるのではないかと感じました。
また、ウェブアクセシビリティにおいて身体障害者に向けて機械的に解決できる方法はありますが、まだ方法論が確立していない知的障害者や精神障害者に向けたサービスとしても、やさしい日本語は有効かもしれないと考えました。
正直、最初は手探りの状態でした。サービスとしてどのように提供できるのかがわからない状態だったので、最初はシステムの部分ではなく、関係者なども最小限でできるお客様向けのマニュアルからやさしい日本語対応を始めました。本来マニュアルは別の担当部署で作成していますが、ユーザーへの情報提供と社内での認知や理解を広げるための活動を兼ねて、マニュアルのやさしい日本語化を私たちの部署で取り組み始めたんです。
2023年の秋頃からやさしい日本語のマニュアルやポスターを展開し、社内での認知や理解が広まってきてからプロダクトに着手するようになりました。開発チームと一緒に取り組み、2024年6月に、SmartHRのホーム画面でやさしい日本語切り替え機能の提供を開始しました。

ユーザーからの反応もよかったことから「これはもうやるしかない」と私たちの中でも確信が強くなり、2024年10月には年末調整機能にやさしい日本語切り替え機能を実装しました。
年末調整は専門用語も多く、苦手意識を感じている方も多いと思います。普段、日本語を母語としない人たちがさまざまな場面で感じている難しさのようなものを、日本語を母語とする人たちも含めた多くの人たちが感じる機会でもあると思っています。 年末調整のシステムは、開発チームの工数も多いですし、当社が提供する機能の中でもかなり重要な位置を占めています。そういった中で、年末調整の機能にやさしい日本語を加えることにメリットや意義を感じてくれた社員がたくさんいてくれたことは、嬉しかったですね。
――導入する中で難しかったことはありますか。
社内のリソースやコストを使うことに関して難しさを感じました。
例えば、やさしい日本語をプロダクトで提供しようとすると、開発側でも改修が必要になります。開発者は他の機能開発にも取り組んでいるので、やさしい日本語のために開発リソースを割いてもらうための交渉が必要でした。
そこで一番の後押しとなったのは、やはり実際のユーザーさんたちへのインタビューやアンケートだったように感じます。それらを参考に、日本語の言葉やコミュニケーションに難しさを感じている人たちや、やさしい日本語のサービスを提供することで助かる人たちの数を試算し、社内の関係部署に伝えていったんです。
当時はまだ実験的な取り組みだったので、周囲をどうやって巻き込んでいくか、プロジェクトを進める人間として苦戦しましたね。
外国人メンバーの意見も積極的に取り入れながら書き換え
――やさしい日本語への書き換えはどのように行っていますか。
私がやさしい日本語に関する情報収集を担当し、ユーザーの使いやすさをサポートするテキスト作りを行うUXライティングチームのメンバーが当社のプロダクトのサービスとしての品質や一貫性を確認しています。さらに、前職でベトナム人の人事労務手続きのサポートを担当していたベトナム人メンバーや、それ以外にも外国にルーツのあるメンバーがいるので、外国人の視点から意見を出してもらっています。これまでメンバーで議論しながら一字一句悩んで決めたり、ユーザーから意見をもらって変更したりしてきました。
――やさしい日本語に書き換えるにあたって、大変だったことはありますか。
外国人が日本語を学習する際に馴染みのない言葉を書き換えるのは大変でした。
例えば、年末調整の中にある「かけもち(副業、ダブルワーク)していますか」の文章の書き換えです。アルバイトを経験した人であれば周囲に掛け持ちしている人と出会う機会がありますが、経験していない外国人からすると、まったく聞いたことがない言葉だと思うんです。
また、法律用語の置き換えも時間がかかりました。法律用語は正確性を考慮する必要があるため、弊社内の法律や制度を専門とするドメインエキスパートに相談しながら決めました。やさしい日本語にすることでわかりやすくなるメリットと、抽象化しすぎて制度を誤解させてしまう可能性のあるデメリットを踏まえた上での判断が難しかったです。
当社の書き換えの基準として、日本語能力試験N1からN3の用語はなるべく使わないようにしています。その基準の中で、どのように書き換えるか悩むことが多かったです。
ユーザーが迷わないようにしながら正確性を担保し、かつ難しい言葉を使わないようにしなければならないのが、難しいところです。

やさしい日本語は、当事者の意見が欠けると形だけのものになってしまう
――ユーザーからの反応で印象に残っていることはありますか。
やさしい日本語のガイドラインや、身近にいる人の意見を反映してやさしい日本語の文章を作っていても、「ユーザーがどう思っているのかわからない、本当にユーザーの役に立っているのか」といった不安がずっとありました。
でもユーザー企業数社にご協力いただいて訪問した際、外国人や障害者の方から「前より使いやすい」「一度使えばあとは一人でもできるかも」といった反応をいただきました。
やさしい日本語は相手ありきなので、最終的に見るユーザーがどのように感じるのかを考えることが大切です。当事者の意見が欠けてしまうと、形だけのものになってしまいます。
当事者の反応を聞いて「本当に意味があったんだな」と刺激になり、これからも続けていこうと思いました。
――今後の目標について教えてください。
現在優先度が高いものとして、「初回ログイン」「入社手続き」「給与明細」などの機能への展開を検討しています。当社のユーザーに対して実施したアンケートでも、この3つの機能は「もっと良くなれば」といった声をいただいているため、早めに対応したいです。また、今回のユーザーへのヒアリングを通して、現場で話を聞くことで見えてくる課題もあるなと感じました。引き続き、現場に足を運んでの調査などは重視して、必要性に合わせて柔軟に取り組んでいきたいと思っています。
インターネットでサービスを提供するBtoB企業として、このような取り組みはまだ伸びしろがあると思います。「誰もがその人らしく働ける社会」を実現するためには、あらゆるユーザーにとって使いやすいサービスを提供することが重要です。
やさしい日本語に取り組む企業がもっと増えていったらうれしいです。