FC東京 やさしい日本語で、選手もサポーターもハッピーに

2022年度から東京都とともにやさしい日本語の啓発活動を行っている、サッカーJ1リーグのFC東京。
「FC東京は東京都の各部局とさまざまな連携事業を実施しています。そのひとつとして、2022シーズンに生活文化スポーツ局都民生活部から『やさしい日本語の普及活動を一緒にできませんか』と声をかけていただいたのがきっかけです」
そう話すのは、東京フットボールクラブ・マーケティング本部長兼エリアプロモーション部長の平山隆史さん。東京都からの依頼があったとき、平山さん自身やさしい日本語について知らなかったそうですが、説明を聞いて「一緒にできることは多いな」と感じたと言います。
「FC東京には外国籍の選手が在籍していますし、FC東京は『多様性』を大切な価値として掲げています。また、子どもや障害者向けにサッカーイベントを開催するなど、幅広い層に対してスポーツの魅力を伝え、人と人とをつなぐ活動を行っているので、やさしい日本語との相性はいいと思いました」
もちろん、やるからにはFC東京のファン・サポーターに喜んでもらえるものでなくてはなりません。試合の日、ホームである味の素スタジアムを訪れる約3万人のファン・サポーターにどうPRするのか? そこから企画を組み立て、啓発事業の具体的なプラン作りをしていったそうです。
最初に決まったのが、2022年8月7日(日)清水エスパルス戦での活動。やさしい日本語を紹介したチラシと、FC東京のチームマスコット「東京ドロンパ」、それに東京都のやさしい日本語イメージキャラクター「やさカニくん」がコラボしたふせんを配布することに。また、それに先駆けて、7月にはFC東京のスタッフとFC東京・スポーツボランティア向けにやさしい日本語の講習会を開催することにしました。

「クラブスタッフだけではなく、ボランティアスタッフも研修に参加することが重要でした。FC東京の試合では1試合あたり平均で40〜50人のボランティアスタッフが活動していて、スタジアムを訪れたお客さまと積極的にコミュニケーションをとることをとても大切にしているからです」
講習会では初めてやさしい日本語を知る人が多く、「こういう声かけをすれば、海外からのお客さまも含めたもっとたくさんの人と気軽にコミュニケーションがとれるんだ!」という反応が多く見られたそうです。
「以前は海外からのお客さまに対して『英語ができないから…』と話しかけるのを躊躇してしまう方もいたのですが、やさしい日本語の研修を受けてからは臆せずに話せるようになるなど、ポジティブな影響がありました」
こうした研修などは、今後も積極的に実施していく予定だとか。
「研修を受けたボランティアスタッフが、やさしい日本語や、やさしい英語でお客さまとコミュニケーションをとり、それを見たまわりの人が、『これでいいんだ』『こういう伝え方があるんだ』と知ることで広がっていくと思うんです。そのためにも単発で終わるのではなく、継続してやさしい日本語に触れていく機会をつくっていきたい。コロナ禍があけてインバウンドの来場者が増えてきた今だからこそ、やらなければいけないと考えています」
人気選手が出演した動画が評判に

FC東京が東京都と連携して実施している事業は40項目以上あるそうですが、なかでも、やさしい日本語はファン・サポーターが反応しやすい、自分ごととして捉えやすいテーマだと平山さん。実際、やさしい日本語については、「SNSなどの反応率が高い」といいます。
そんなやさしい日本語啓発事業の中で、ファン・サポーターの間でも話題になったのがPR動画。スタジアム内の大型ビジョンや公式SNSで流した『【FC東京×東京都】やさしい日本語で はなそう!』です。
ナレーション役を務めたのは、日本代表としても活躍し、FC東京のキャプテンを務める森重真人選手。サッカーはチームプレーが大切であること、チームの団結にはコミュニケーションが欠かせないこと、FC東京はチームのみんなに伝わる言葉であるやさしい日本語でコミュニケーションをとっていることを語り、やさしい日本語とは何かを紹介します。
そして、ポーランド出身のゴールキーパーのヤクブ・スウォビィク選手(2023シーズンをもってFC東京との契約満了)が、「私は日本語で指示をだします」と試合中の選手同士のコミュニケーションについて日本語で紹介。
ブラジル出身のストライカー、ディエゴ・オリヴェイラ選手が、「やさしい日本語はうれしいです」というメッセージを投げかけます。

撮影の裏話を平山さんに伺うと森重選手はやさしい日本語自体は知らなかったそうですが、台本を読んですぐに理解したそうです。
「森重選手のポジションであるセンターバックは守りの要で、コミュニケーションがきわめて重要です。彼はこれまで、ブラジルや韓国などさまざまな国の選手とコンビを組んできました。そこでどうやってコミュニケーションをとっているのかというと、雰囲気とジェスチャー。そして、簡潔な日本語を使っているそうです。映像でスウォビィク選手も言っているとおり、『右、左、下がれ、上がれ、うしろ』といった言い方なんです」
プレー中のコミュニケーションは「相手の反応を見ながら」「はっきり」「短く」話しているそうで、やさしい日本語のポイントを押さえたコミュニケーションをすでに実践していたのです。
「人気の3選手を起用したこともあって、動画の訴求力は高かったと思います。『外国籍選手とも日本語でコミュニケーションしているんだ!』ということにファン・サポーターは驚き、楽しんでくれたようです」
普及活動を通してスタッフも伝わりやすさを意識

東京都とともにやさしい日本語の啓発活動を行うことで、FC東京のスタッフにも変化が起きているようです。日常業務のなかで、どうやって相手にわかりやすく伝えるのかを考える意識が根づきつつあるといいます。
「僕自身、SNSでもホームページのヘッドラインニュースでも、広報として発信する内容に対して、『ちゃんとわかりやすく表現できているだろうか?』ということを意識するようになりました。また、現在クラブが力を入れているインバウンドへの対応として、多言語化が理想かもしれませんが、クラブが発信するすべての情報を多言語化するには限界があります。そこで(通常の日本語で行う発信においても)、できるだけわかりやすいものになっているかどうかをチェックするようになりました。とくに今、スタジアムにはアジアを中心にさまざまな国からたくさんのお客さまが訪れます。どうしたら伝わるのか、よりストレスなく楽しんでいただけるのかは、みんなで考えていますね」
ただ、単純にひらがなで表記する言葉を増やせばやさしい、というわけではないのが難しいところ。インバウンドには中国からの来場者も多く、漢字のほうが有効なこともあるのだそう。
結局、大切なのは、「その時その時の状況に合った伝わりやすさを意識する」ことだと平山さんは言います。
「それは必ずしも、正しい『やさしい日本語』ではないかもしれません。ただ、『どうやったら伝わるのかな?』と考えるようになったきっかけとして、やさしい日本語が大きく貢献しているのは間違いないです。伝わりやすさへの意識って、やっぱり何かきっかけが必要ですよね。きっかけがないとなかなか変化は起きませんから。だから今後も、継続してやさしい日本語の普及活動に携わっていくのが大事だと思っています」
そして、「FC東京のスタッフや選手、ボランティアにとどまらず、ファン・サポーターにどう伝えていくかというチャレンジは継続していきたい」と平山さん。
「コロナ禍で中止になっていた練習の見学が段階的にできるようになり、選手からサインをもらったり、写真を撮ったりという選手とのふれあいも少しずつ再開しています。そんなときファン・サポーターのみなさんがやさしい日本語を知って、外国籍の選手に声をかけてくれたらいいな、と思うんです。外国籍選手もファン・サポーターからわかりやすく声かけしてもらえてハッピーだし、自分の言葉が届いたファンの人もハッピー。みんながハッピーになれるような取り組みになればいいなと思っています」