やさしい日本語

活用事例

ヒロフードサービス やさしい日本語で外国人も働きやすい環境づくりを

近年、多くの外国人が働くようになった外食産業で、いち早くやさしい日本語の活用に取り組んだのが、「大阪王将」や「やよい軒」などの飲食店運営を手がける株式会社ヒロフードサービスの代表取締役・井上泰弘さんです。一般社団法人大阪外食産業協会の副会長でもある井上さんは、外食産業で働く外国人のための環境整備や適正な雇用の促進に尽力。やさしい日本語についても、自ら「伝道師」を名乗り、普及に力を入れています。

 

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ヒロフードサービス代表
取締役の井上泰弘さん
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外国人社員が安心して働き、活躍の場を
得ることができる環境づくりに取り組んでいます


外国人材の採用を進め、外食産業で初めて「やさしい日本語」を導入

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外国人社員を積極的に採用。その数が全社員の9割に及んだことも

ヒロフードサービスで外国人従業員を雇用するようになったのは、人手不足に悩まされるようになった2013年頃。当初は、外国人留学生がアルバイトをできる時間に制限があることも、外国人が飲食店で社員として働く際に必要な在留資格のことも知らなかったそうです。まずは、中国出身の人たちの採用からスタート。その後、ベトナム人を採用するようになった井上さんは、借金をしてでも日本に来る人がいることを知って驚きます。なぜ日本で働くために100万円を超えるお金を払う必要があるのか? どんな気持ちで日本にやってくるのか? どのようにして日本語を学んでいるのか? 現地の送り出しの仕組みを知りたいと考えた井上さんは、ベトナム、インドネシア、ミャンマー、カンボジアなどを単身訪問。日本語学校を回って実態調査を行います。

 

井上さんが、やさしい日本語の普及に取り組んでいた吉開章さん(現在は一般社団法人やさしい日本語普及連絡会の代表理事)と出会ったのは、ちょうどその頃です。

 

「何度も現地の日本語学校に足を運ぶうちに気づいたんですが、生徒たちが習っている日本語は、僕たちが職場で話す日本語とは違う。じゃあ、どうしたらいいんだろうと考えていたときに、やさしい日本語を知ったんです。僕自身が教壇に立ち、日本の会社での働き方や日本人の考え方について話をさせてもらうなかで、“はっきり・短く・最後まで”話すと伝わりやすいのを実感していたこともあって、これは使えるのではないかと思いました。2017年頃のことです。自分の会社に取り入れるだけでなく、大阪外食産業協会でもやさしい日本語の研修会を開催しました。外食産業でやさしい日本語を活用しようという試みは、ここから始まったんです」

 

 

活用に取り組むうちに見えてきた、やさしい日本語の課題

やさしい日本語に出合い、普及に取り組み始めた井上さんですが、実際に現場に導入してみると、「うまくいきそうでいかない」と感じるようになったそう。外食産業で使われる用語のなかにはやさしい日本語に変換できないものも多く、お店にやってくるお客さんもやさしい日本語で話をしてくれるわけではありません。ヒロフードサービスの店舗では、お客さんの大半が大阪弁で話します。

 

「外食産業は日々、不特定多数のお客さんと接する仕事なので、結局は普通の日本語に慣れてもらう必要があるんです。どこかの段階で、やさしい日本語から普通の日本語に変えていくということをしなければなりません。また、やさしい日本語は『伝えるツール』としては利用できるけれど、やさしい日本語で意味の深さを伝えたり、本当のつながりをつくるのは難しいということを知っておく必要があります」

 

「やさしい日本語は万能ではない」と強調する井上さん。それでも、「入り口の部分では絶対に必要なもの」と言います。当初、自身で行っていた研修では、「相手を思いやる」「察する」「謙譲の美徳」といった言葉を使ったり、資料にふりがなもふらず、文字をぎっしり詰め込んだりしていたのだとか。

 

「今考えると、全く伝わらなかったと思う。でも、外国人を採用したことのない人間からしたら、それが普通だったんです」

 

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店舗では同じ出身国の先輩がメンターを務めます

その後、やさしい日本語に出合ったことで、ヒロフードサービスでは、働き始めたばかりの外国人に対する研修をやさしい日本語で行うようになりました。そして、仕事を覚えてもらう過程においては、日本語に長けた外国人社員が同じ国から来た後輩に母語で必要なことを伝えていく、メンター制度を導入したのです。

 

「仕事で活躍できるようになるまでは母語を使い、それから必要な日本語を身につけていってもらうんです。どんな日本語が必要かというのは、その人が何を目的に日本へ来たかによって異なりますが、いま住んでいる国の言葉を覚えることの喜びや楽しさを感じてほしいと思っています」

 

 

やさしい日本語で寄り添い、関係を築いていく

ヒロフードサービスでは、外国人社員に提携している日本語学校で勉強してもらう一方で、日本人社員には、やさしい日本語の研修を受講してもらっています。日本人と外国人の双方が互いに寄り添うことが必要であり、やさしい日本語は“日本人が寄り添う姿勢を示すツール”だと考えているそうです。

 

「店舗で働く職人さんのなかには、方言が強かったり、悪気はないけれど話し方がきつい人もいます。以前、年配の職人さんにどなられたミャンマー出身の女性社員が、『本当に怖かった』と怯えて、会社を辞めてしまったことがありました」

 

井上さんはこの職人に対し、外国人とともに働く時代を作らないと外食産業は立ちいかなくなると説明。「外国人社員の気持ちに寄り添ってほしい」と、やさしい日本語の研修に参加してもらったそうです。

 

「研修を受けたあと、この職人さんは、『なるほど、わしの言ってることはわからんな』と納得し、話し方を改めてくれました。堅物と思われていたベテランの変化は周囲にも影響を与え、はっきりと最後まで話すなど、相手に伝わるかどうかを意識する日本人の社員が増えたんです」

 

そして、日本人社員がやさしい伝え方を意識するようになったことで、外国人社員との関係にも変化が生じます。やさしい日本語のやりとりで基本的な関係性ができてくると、それぞれの個性がにじむ言葉を使ったコミュニケーションを楽しめるようになっていくのだそうです。

 

「職人さんから『はよ、せーや! しばくで!』と強い言葉で言われたとしても、外国人社員が『ちょっと待って! わかってるから。しばけるもんなら、しばいてみ () (わらい) () 』などとジョーク交じりに返事をするようになるんです」

 

こうした自社での経験から得られたやさしい日本語導入のノウハウを、関西の外食産業に広げていく活動を展開している井上さん。やさしい日本語の普及と活用について、思うところがあるようです。

 

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来日したばかりのスタッフにもやさしい日本語でコミュニケーションをとります

「日本で働く外国人はさまざまな在留資格で働いていて、日本語の能力も一人ひとり異なります。日本語能力試験(JLPT)のN1・N2を取得しているなど、自分は日本語ができると自負している人のなかには、やさしい日本語で話しかけられると不快に感じる人もいます。やさしい日本語の導入にあたっては、日本語能力がどのレベルの人たちに対して使うのかをよく考える必要があります。誰に対しても一律にやさしい日本語を使おうとすると、その企業に外国人材が定着しないということにもなりかねません」

 

外食産業で働く外国人は、これからますます増えていくことが見込まれます。

 

「彼らのなかには『自分の能力を生かすために来ている人』や『将来のために来ている人』もいれば、『家族の代表として生活のために来ている人』も。そうしたなかでやさしい日本語は,彼らを受け入れる側の日本人が最低限身につけておくスキルだと思います」

 

外国人が安心して働き、活躍の場を得ることができる環境づくりのひとつとして、井上さんは今後も、やさしい日本語の普及を続けていくそうです。