やさしい日本語

活用事例

やさしい日本語落語普及委員会 古典芸能が外国人との架け橋に

笑いの力で生まれるコミュニケーション

 外国人が興味を持つ日本の文化のひとつに落語があります。桂かい () )さんは、古典落語に独自の解釈を加えた高座が人気の上方落語家です。

 

 1994 年に上方落語の四天王と言われた、先代の桂文枝(ぶんし)師匠に入門したかい () さんは多文化共生に興味を持ち、落語の魅力を世界に伝えるため、1997 年から英語による落語の公演を始めました。これまで 27 ケ国 108 都市で 300回を超える公演(2020 年 12 (がつ)現在)を成功させています。

 

 そのかい () さんが、2015 年から取り組んでいるのがやさしい日本語での落語公演です。独特な日本語を使うことが多いため、落語に「難しい」印象を持っている外国人に向けて「分かりやすく」「理解できる」「笑えるもの」として、やさしい日本語に変換した「やさしい日本語落語」は、日本に住む外国人や留学生の好評を博しました。

 

 落語を英訳するのもやさしい日本語に変換するのも、共通するのはシンプルな表現にするということ。「自分にとってはどちらも同じ」と言うかい () さんに、落語をどのようにやさしい日本語で伝えているのかをお聞きしました。

 

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落語や小噺(こばなし)にやさしい日本語を取り入れて、世の中に広めている上方落語家の桂かい () さん。(撮影:佐藤 浩)

 

 かい () さんはやさしい日本語落語普及委員会を立ち上げ、その活動の普及に努めながら演者としても活躍されています。きっかけは、外国人観光客へのおもてなしの一つとしてやさしい日本語に力をいれていた福岡県柳川市(やながわし)から声がかかり、現地に住む外国人や留学生に向けてやさしい日本語落語を披露したことでした。

 

 その結果、外国人からは「こんなにおもしろいものだったんだ」と驚きや喜びの声が届きました。興味はあっても普通の落語は外国人には難しく、理解できませんでしたが、ゆっくり、分かりやすい単語を用いたやさしい日本語落語なら理解でき、笑うことができたのです。

 

 また、シンプルな小噺(こばなし)を外国人に教えて実際に客前でやってもらうこともしました。そこで笑いが起きれば「伝わったんだ!」と大きな自信につながります。また、見ている日本人も「日本語でいいんだ」と思えばコミュニケーションのハードルも下がります。

 

 公演後には交流会も開催しており、そこで日本人と外国人の間で「あなたの落語よかったよ」「面白いね!」と日本語で交流が深まり、みんながハッピーになりました。「本当に、落語って、笑いの力ってすごいなぁと思う」とかい () さんは言います。



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交流会では、かい () さんを囲んで楽しそうに真似をする外国人の姿も。

 

従来の落語とは逆のアプローチで

 いろんな国で英語落語公演を行ってきたかい () さんは「世界中にストーリーテリングという話芸はあれど、落語はとても特殊」だと言います。それは、ト書きや説明が少なく、セリフを中心に構成されるという点。「拙者は◯◯と申す」と言えば侍、「◯◯でありんす」と言えば遊女と分かる、という「役割語」の表現があることにより、セリフだけで物語が展開するからです。

 

 しかしこれは、外国人からすればとても不思議で複雑。そこで、やさしい日本語落語では外国人向けに登場人物や状況は丁寧に説明をします。

 

 例えば「丁稚(でっち)」なら「子供のアルバイト」、「だんさん(旦那さん)」なら「店長」や「社長」など、なるべく外国人が身近に感じられるイメージを意識して、分かりやすい言葉に言い換える工夫をします。

 

 また、通常の落語では同じ言葉を繰り返す場合には、客が飽きないよう次のように言い回しを変えます。

 「お前なんていう名前や?」

 「お前の名前は?」

 「名前は?」

 このように、だんだん言葉を削ります。

 

 これがやさしい日本語落語だと、逆に言葉を加えていきます。

 「お名前は?」

 「あなたのお名前は?」

 「あなたのお名前はなんていうんですか?」

 本来の落語は説明や状況の描写などの細かい要素を削って表現します。しかしやさしい日本語落語ではそれとは真逆のアプローをするのです。

 

 「落語は細かい説明をしないので、ある意味ではとても不親切で客に高いレベルを求める芸とも言えます。やさしい日本語落語では状況をきちんと説明し、分かりやすく言い換え、長くもなるが、そうすることで外国人にも理解してもらえます。だから『これは本当の落語じゃない』という人もいるかもしれませんが、“その場の水になじめ”と言って、お客さんに合わせることも落語では重要なので、そういった意味ではこのスタイルは大正解なんですよ」(かい () さん)

 

 

「はさみの法則」を使えば誰でも「やさしい日本語」が使える 

 最後にかい () さんにやさしい日本語のコツを聞いてみました。

 

 やさしい日本語には「はさみの法則」があります。

 は:はっきりと言う

 さ:最後まで言う

 み:短く言う

 これを意識するだけで、外国人にとても伝わりやすくなります。

 

 だからこそ「やさしい日本語落語は、プロの噺家でなくても誰でもできるので、是非いろんな人にやってみてほしい。興味をもってもらうために、やさしい日本語落語コンテストをやってもいいと思う」とかい () さん。

 

 「言葉をうまく話せなくても笑うことで伝わったことが分かり、一気に距離が縮まるやさしい日本語落語は、多文化交流のきっかけとしてもとても有効」とかい () さんは言います。

 

 「『速やかに帰宅してください』ではなく『今、家へ、帰りましょう』と少し思いやりを持ってお話をする。それだけで、身の周りの笑顔が増えると思います。笑顔がないより、たくさんある方が幸せですもんね。『はさみの法則』ちょっと覚えて使ってください!」(かい () さん)

 

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HP では、やさしい日本語とやさしい日本語落語についての解説をはじめ、新作の発表などかい枝さんの活動を見ることができます。

https://yasashii-nihongo-rakugo.jp

 

 

【動画】桂かい () 『やさしい日本語落語』

    小噺(こばなし)『美術館』『ケンカ』『ピザ』『図書館』『交通事故』

    落語『動物園』

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やさしい日本語落語公演のダイジェスト映像。どのように工夫してやさしい日本語落語にしているのか、字幕スーパーで解説されています。

https://www.youtube.com/channel/UCbNDm86yhOUyojTDkJGDQ8Q/featured

 

 

【動画】桂かい ()  入門・やさしい日本語『ハサミの法則』

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やさしい日本語を分かりやすく伝えるための入門編として、「ハサミの法則」をお題にした落語を披露。

https://www.youtube.com/watch?v=d2bFW6jKOPM

 


 

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【取材日:2020 年 11 (がつ) 27 日】

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