クローズアップ

東京都立府中西高等学校「多言語プロジェクト」 ~母語で絵本を制作、「あなたは一人じゃない」と外国ルーツの小中学生に送るエール~

900×600
「多言語プロジェクト」を履修している生徒の皆さん

東京都立府中西高等学校には、1学年20名程度、外国にルーツを持つ生徒が在籍しています。
これまで行われてきた日本語支援に加え、生徒の母語の保持と伸長を図るため、2026年度から新たに「多言語プロジェクト」という授業が開講しました。

今回は授業を受けている生徒のみなさん、授業を担当する三好先生、多文化共生推進部の滝本先生と横井先生、コーディネーターとして授業を支えるNPO法人府中JSL日本語支援協会の植田さん、支援員の方々にお話を伺いました。

 

 

生徒たちには、母語も大切にしてほしい

900×600
「多言語プロジェクト」を担当する三好先生。2018年から府中西高校の日本語教育に携わってきました。

日本語指導を必要とする生徒を対象とした都立高校の特別な入試「在京外国人生徒等対象入試」の実施校の一つである府中西高校は、毎年約20名の外国ルーツの生徒を受け入れており、現在16の国にルーツを持つ生徒たちが在籍しています。一部教科における少人数の取り出し授業や日本語授業のほか、放課後 (ほうかご) に日本語の勉強をサポートする日本語クラブや、多文化共生推進部の教員による適応支援の実施など、多様な背景を持つ生徒たちの学習を支える取り組みが行われています。

 

そうした中で、今年度4月から2年生を対象に始まったのが「多言語プロジェクト」という選択科目の授業です。授業を担当する日本語科の三好先生は授業開始のきっかけについて次のように話します。
「生徒たちと話しているなかで、日本語や日本での生活への心配だけでなく、母語を使う機会が減っていることへの不安を耳にするようになりました。幼少期から10代に来日した生徒は、母国で母語を上達させる時間が十分に取れなかったことに加え、日本では母語を使う機会がほとんどありません。母語能力の低下によって自信をなくしたり、アイデンティティの喪失を感じてしまう生徒もいます。在京外国人生徒の受け入れ開始から10年目になり、日本語のサポートは充実してきましたが、生徒一人ひとりの母語に向き合う取り組みはできていませんでした。生徒たちが自分の母語を使って、自分の経験や考えたことを発信する機会を作れたらと、この授業を始めることになりました」。

同じ言語を話す大人との出会いで、取り戻す自信

900×600
授業では、言語支援員(留学生など)が生徒たちを母語でサポート。
写真提供:多言語プロジェクト

今年度の1学期は、「日本に来てから大変だったこと」という生徒たち自身の経験をテーマにした絵本を母語と日本語で制作しました。
「生徒たちは今でこそ同じような境遇の友人に出会えていますが、中学校のときの話を聞くと、“学校で唯一の外国人だった”とか“日本語が話せなくてなかなか友だちができなかった”とか一人ひとり大変な経験をしているんですよね。だからこそ、彼らの経験を絵本にして、今そういう辛い思いをしている小中学生たちに読んでほしいと思ったんです。絵本を読むことで、他の多くの人々にも彼らのバックグラウンドや思いを知ってほしいですね」と、三好先生。

 

授業は、府中西高校で放課後の日本語学習を担当するNPO法人府中JSL日本語支援協会の植田さんや、東京外国語大学と東京農工大学の学生など地域からの協力も得て行われています。授業では生徒たちが各言語のグループに分かれ、言語支援員が母語の部分をフォローし、活動支援員がグループを横断してサポートします。
「生徒たちの多くは普段家族としか母語で話す機会がありません。大学生が来てくれたことで、楽しそうに母語で話す生徒たちの姿が印象的です」と、植田さん。

支援員の皆さんも「同じ母語を持つ生徒と出会えて嬉しかった」「自分が日本に来てからの経験をお互いにシェアできて楽しかった」「自分の話せる言語が役に立っているのが嬉しい」「生徒の母語の間違いが減ったし、日本語もうまくなってきたように感じます」と、生徒の成長を温かく見守ります。

自らの経験を物語にすることで、孤独だった過去を未来へのエールへ

900×600
日本に来たばかりの自分を宇宙人や他の動物の群れに迷い込んだキリンに例えた絵本など、発想はさまざまです。

生徒たちは、自分の経験をもとに、絵本の物語や絵を自分たちで考えます。
「普段は母語を話すチャンスがあまりないけれど、このプロジェクトではたくさん話せた」「絵本を書くことで、自分の国の言語や文化を忘れないようにできるので、この授業はとても大切」と口々に話す、生徒たち。日本に来てからあまり使う機会のなかった母語での絵本制作を通じて、自分の国の言語や文化と向き合う大切な時間になっているようです。

 

自分の意志とは異なる形で日本に来た生徒たちの中には、「最初は国に帰りたかった」と話す生徒もいます。言葉や文化、制度も違う学校の中では、戸惑うことも多かったと生徒たちは話します。
「小学生や中学生に、絵本を読んで、一人じゃないって安心してもらえたら嬉しい」「大変な思いをしているのは自分だけじゃない、と感じてほしい」「今一人で不安な子にも、大丈夫だよ、仲間がいるよって応援したい」、というように、絵本には同じような境遇の後輩たちや、かつての自分に向けたエールが込められています。

完成した絵本は市内の小中学校に配布するほか、11月に開催される市のイベントで展示し、絵本の読み聞かせを行う予定です。希望者への配布方法も現在検討しているそうです。

学校全体で広げる多文化共生の輪

900×600
多文化共生推進部の横井先生(左)と、滝本先生(右)

校内では、多文化共生推進部の滝本先生、横井先生も、外国ルーツの生徒たちを温かく見守ります。
「多言語プロジェクトの授業で、あんなに生き生きと話している生徒の姿を初めて見て、感動しました。生徒の新しい一面を見ることができています」と、横井先生。
滝本先生は「多言語プロジェクトは外国人生徒のために生まれた授業ですが、日本人の生徒たちにもぜひ見てもらいたい。彼らが多様な言語を話す姿を見てもらって、言葉の美しさを体感してもらいたい」と話します。

2024年度から校内に設置された多文化共生推進部では一人ひとりの生徒と面談をし、家庭事情や文化の違いなどによる生徒や家庭の困りごとをヒアリングするとともに、担任教師とも連携しながら、必要な支援を検討しています。

そのほかに、「多文化共生の食体験」の企画・実践にも取り組んできました。外部講師を招き、「ミャンマーの食べるお茶(ラペットォ)」「インドのスパイス入りレモンスカッシュ(ニンブーソーダ)」「アジアの緑豆汁粉」を作ってもらい、生徒や教職員が気軽に立ち寄って味わえる機会を設けたそうです。また、ホームメイキング部の活動に在京生を招き、一緒におにぎりを握る交流も行いました。
「食を通して『違いを知る』『違いを楽しむ』きっかけをつくれたらと思い、こうしたイベントを企画しました。多文化共生推進部として何ができるのかは、今もまだ手探りですが、一つひとつ実践を重ねています」と、滝本先生は話します。

日本語能力だけでは測れない、生徒一人ひとりの可能性を引き出す授業を

900×600
生徒たちは大学生と協力し、日本語と母語のテキストを対応させながら、絵本制作を進めます。
900×600

「生徒たちはいつも頑張っていますが、この授業にも熱心に取り組んでくれています。日本語がまだ十分に話せないからといって、その人が何もできないわけではありません。日本語能力以外の部分で生徒たち一人ひとりが持つ力や才能を、多言語プロジェクトを通して可視化していきたいと考えています。本人はもちろん、周囲の生徒や先生にとっても、これまで気づいていなかった、一人ひとりの長所や可能性に目を向ける機会になるはずです。すでに、授業を見学した校長や先生方の生徒を見る目が変わってきているのを感じます。こうした取り組みを課外活動ではなく、授業として教育課程の中に位置づけることに大きな意義があると考えています」と、三好先生。

2学期の授業では日本や各国の「お弁当図鑑」のように、生徒たちが普段食べているお弁当の紹介を多言語で行う予定だそうです。市内にはお弁当の文化のない国から来て、『どんなお弁当を持たせたらいいかわからない』と困っている外国人保護者も多いといい、「そういった方々の参考になれば」と、三好先生。

 

多言語プロジェクトは、外国にルーツを持つ生徒たちの言語や文化を尊重するだけでなく、これまでは見えなかった一人ひとりの力や魅力を、学校全体で発見する、多文化共生社会の新たな学びの場となっています。

 

*本記事は取材時点での情報をもとに作成しています。最新の情報については、取材先へ直接お問い合わせください。