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NPOブックスタート ~絵本を読む体験が、赤ちゃんと保護者のふれあい、親子と地域のつながりのきっかけに~

行政と市民が連携し、0歳児の集団健診などの場で「絵本」と、絵本を親子でひらく「体験」をプレゼントする活動を行うブックスタート®︎。1992年にイギリスで始まり、2001年4月から日本でも全国各地で実施されています。各自治体のブックスタート事業をサポートするNPOブックスタートはすべての赤ちゃんに絵本をひらく楽しいひとときを届けようと、試行錯誤しながら多言語対応も拡充しています。事業に取り組む自治体の支援を担当する大津智美さんと三上絢子さんにお話を伺いました。
「read books」ではなく「share books」

写真提供:NPOブックスタート
ブックスタート®︎は、絵本コンサルタントをしていたウェンディ・クーリングさんが、絵本の存在自体を知らない5歳の男の子と出会ったことをきっかけに、「すべての子どもたちに絵本をひらく楽しさを知ってほしい」という思いで1992年にイギリスで始まりました。イギリスに次いで2番目に実施した日本では2000年の「子ども読書年」の試験実施後に、草の根的に全国の自治体に広がっていき、2024年8月末現在、1,115の市区町村でブックスタート事業が行われています。事業は各地の図書館、保健センター、子育て支援課、市民ボランティアなど、子育てを地域で支える様々な立場の人たちが、生まれてきた赤ちゃんの幸せを願う気持ちを共有し、協力しながら運営されます。事業を行う市区町村に生まれたすべての赤ちゃんとその保護者を対象とするため、0歳児の集団健診などの機会に実施されています。多くの地域では健診後や合間の時間に担当者が一組ずつの親子と向き合って読み聞かせを行い、絵本をプレゼントします。
「本に興味があってもなくても、どんな経済状況や家庭環境でも子どもたちに平等に絵本をひらく機会を提供するサポートができたらと思っています。0歳児の健診は、出産後初めて子どもを連れて外に出る保護者が多く、不安を感じている保護者の方もいます。ブックスタートは5分くらいの時間ではありますが、地域の人が自分と子どもに声をかけて、絵本を読んでくれるという時間を通して、地域とのつながりを感じて欲しいです」と、三上さんは話します。
「絵本を読む(read books)」だけではなく、
「絵本をひらく楽しいひとときを分かち合う(share books)」ことを大切に

赤ちゃんと保護者が楽しみながら読めるものが選ばれています。
プレゼントする絵本は、3年ごとに開く選考会議で決定しています。絵本の研究者や図書館司書、乳幼児発達の有識者など、5名の選考委員が、事業を行う自治体や保護者のニーズも確認しながら、赤ちゃんの視点から議論し、30タイトルを選出します。この30タイトルの中から、各自治体が予算に合わせて赤ちゃんとその保護者に1〜2冊、絵本をプレゼントします。絵本はNPOブックスタートが出版社からの協力を得て、「非営利のしくみ」の中で各自治体に販売提供されています。
初めての絵本に、「0歳の子どもが楽しそうでびっくりした」と驚く保護者や、「絵本を読んであげることで、親の自分がリラックスしていることに気がついた」という方もいるそうです。子どもとどう接したらいいか分からなかった保護者が、絵本を通して自然と子どもと遊べるようになったという声もあります。
「ブックスタートが大事にしているのは、絵本を読む(read books)だけではなく、赤ちゃんと絵本をひらく楽しいひとときを分かち合う(share books)ことです。絵本を通して、赤ちゃんと触れ合ったり、一緒にわらべ歌を歌ったりする、楽しい体験のきっかけを届けることを大切にしています」と、三上さん。
外国にルーツを持つ保護者と赤ちゃんたちにも、もっと絵本を楽しんでもらうために

写真提供:NPOブックスタート

近年増えている外国にルーツを持つ保護者と赤ちゃんたちにも絵本を楽しんでもらうために、NPOブックスタートではさまざまな取り組みを行っています。
2004年には赤ちゃんとの絵本の時間についての「アドバイス ブックレット」の外国語版を制作。国によっては子どもと一緒に本を読む文化がないこともあるので、赤ちゃんと絵本をひらく時間の楽しさを、イラストと短い文章で紹介しています。
「多言語対応 絵本紹介シート」は、8言語と、やさしい日本語で絵本について紹介する資料です。例えば『あっぷっぷ』いう絵本については、「あっぷっぷ」とはどんなときに言う言葉なのか、どんな遊びなのかを解説しています。
「絵本は簡単な言葉で書かれていますが、日本ならではの文化が描かれていたり、擬音語・擬態語が使われていたりします。絵本を楽しむ手助けに少しでもなればと思い、作成を始めました」。
また、外国にルーツを持つ保護者にも安心して会場に来てもらえるようにと、神奈川県藤沢市の自治体はさまざまな言語で「こんにちは」と書いた大きなポスターを貼り出していました。このアイデアを参考に、各自治体が無料でダウンロードできる「あいさつポスター」を作成。0歳〜1歳の在留外国人の母語の約9割をカバーする13言語で「こんにちは」と「赤ちゃんに絵本をプレゼントします」というメッセージが書かれています。
「あなたを歓迎していますよ、と伝える一歩になっていたら嬉しいです」と、三上さん。
2023年は、5ヶ国語の翻訳シールを貼った「多言語対応絵本」を自治体に試験提供

写真提供:NPOブックスタート
NPOブックスタートでは、2023年の8月から2024年の2月まで、「多言語対応絵本」の試験実施を行いました。「多言語対応絵本」とは、外国人親子が母語で気軽に絵本を楽しめるよう、日本語の絵本に5言語(中国語・韓国語・ベトナム語・ネパール語・ポルトガル語)の翻訳文を併記したシールを貼付したものです。
「10年ほど前、元 法政大学教授で、日本語教育と多文化共生の専門である山田泉先生にお会いする機会があり、母語がいかに大事であるかを教えていただきました。『外国語でも絵本は読めるかもしれないが、母語だからこそ保護者も自己肯定感をもって子どもに語りかけることができるのでは?』と問いかけられ、母語の大切さについて真剣に考えていく必要性を感じました」と、三上さん。
著作権者、出版社、研究者、翻訳者、外国語教員、NPOなどの協力を得て、ブックスタート赤ちゃん絵本30タイトルのうち6タイトルの「多言語対応絵本」を制作し、試験実施への参加自治体に販売提供しました。「絵本は絵やテキストの位置など考えて作られているものなので、多言語のシールを貼ることによって絵本の世界が壊れてしまうことのないように気をつけました」と、三上さん。
多言語対応絵本を活用した自治体の担当者からは、
- 「母語が書いてある絵本を見ると安心したような表情を浮かべていました」
- 「ありがとう、と嬉しそうに反応してくれることが多いです」
- 「相手のわかる言語で対応できるものがあり、より近い距離で支援ができる気がしました」
などの声が挙がりました。
出生数が25人という小さい町に住んでいるネパール人の女性も、多言語対応絵本を受け取った一人です。彼女は自分の国の言葉が書いてあることをとても喜び、その後、保健師が家庭訪問をした際に、「あの絵本を何回も読んでいます」と話してくれました。
「絵本を手渡した保健師さんも、絵本を通してその方との信頼関係を築くことができたとおっしゃっていました。ブックスタートで、地域社会からは子育てを応援しているというメッセージを親子に伝えることができます。親子にとっては地域とのつながりを感じるきっかけにもなっているようです。今回は試験実施でしたが、母語の絵本については今後さらに検討を進めていけるよう、体制や仕組み、場づくりを進めていけたらと考えています」と大津さんは語ります。
すべての赤ちゃんに、絵本を届けるために

ブックスタートで出会った保健師さんや親子とのエピソードを楽しそうにお話ししてくれました。
“すべての赤ちゃん”を対象としているため、NPOブックスタートは、多言語に対応した絵本だけでなく、障がいのある対象者へのサポートとして、点字・触図のシールを貼った「てんやく絵本*1」「点字つき絵本*2」の提供なども行っています。
*1てんやく絵本…市販の絵本に、点字や絵の形が触ってわかるように透明シートを貼り付けた絵本
*2点字つき絵本…点字のほか、絵の部分も触れるように隆起印刷を施すなど様々な工夫がされている市販の絵本(―NPOブックスタートHPより)
ブックスタートが日本で開始されて20年以上経ち、初めて絵本を渡した赤ちゃんたちは成人しています。西東京市の二十歳の集いでは、ブックスタートで配られた絵本についてのアンケートが行われ、多くの人がその絵本を覚えていたそうです。赤ちゃんの頃にもらった絵本でも、ずっと家に取ってあったり、親から話を聞いていたりしたため、記憶に残っているのでしょう。
「読んでもらったときの記憶が残っていなかったとしても、その絵本を見れば、それを親が読んでくれていたんだ、自分が愛されていたのだなと感じられると思います」と、三上さん。
「すべての赤ちゃん」に絵本を、そして絵本を楽しむ体験を届けるために。そして、生まれてきた赤ちゃんの成長を地域社会で喜び、応援できるように。ブックスタートの取り組みは、これからも確実に、大きくなっていくことでしょう。
*本記事は取材時点での情報をもとに作成しています。最新の情報については、団体へ直接お問い合わせください。