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市民ボランティア団体 アボット・カマイ ~フィリピン出身の介護士たちが、地域への感謝と恩返しをするために会を設立 ~

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左から常盤 (ときわ) リンダさん、疋島 (ひきしま) ヘルミニアさん、西田マイさん、江川メルセデスさん。

市民団体アボット・カマイはフィリピン出身者による市民ボランティア団体です。全員が介護士として働きながら、国際イベントで通訳に協力したり、地域のお祭りや福祉施設で踊りを披露したりと、日本社会、そして地域で活動を続けています。会を設立した経緯や活動、そして介護の仕事について、リーダーの疋嶋 (ひきしま) ヘルミニアさん、常盤 (ときわ) リンダさん、西田マイさん、江川メルセデスさんにお聞きしました。

 

アボット・カマイの活動について

フィリピンのサコットという帽子をかぶり、福祉施設で踊りを披露しました。
「東京五輪音頭2020」を披露。お揃いの浴衣の (がら) はオリンピックのマークです。

『地域に恩返ししたい』、そんな思いで墨田区の日本語教室に通うメンバーたちで立ち上げたのが、アボット・カマイです。2016年の立ち上げから、10年以上活動を継続しています。団体名の「アボット・カマイ」は、タガログ語で「助け合い、手を取り合う」の意味で、そこには普段介護の仕事で手を使いケアを行なうメンバーたちの思いが込められています。
これまで、区のイベントや福祉施設で、母国の衣装を着て伝統舞踊を披露したり、料理教室を開催したりなど、地域で活動してきました。
「施設で衣装を着て伝統舞踊を披露すると、皆さんすごく喜んでくれるんです。ズンバダンスを披露したとき、職員のみなさんも踊っていたら、車椅子の利用者さんが立ち上がって一緒に踊り出したんですよ。わたしたちもとても楽しい時間で、忘れられない思い出です」と、リーダーのヘルミニアさん。
団体設立のきっかけには、メンバーと介護職の出会い、そして、介護福祉士試験に合格するまでを支えた地域の日本語教室の存在がありました。

 

介護職に就く外国人のフロントランナー

おそろいのピンクのポロシャツを着ているのがメンバーです。

東京に住むフィリピン出身者は約35,000人(2023年10月現在)で、中国、韓国、ベトナムに次いで4番目に多いとされます。介護の仕事に就く外国人は年々増えていますが、フィリピン出身者の割合は特に多いそうです。

メンバーと介護職の出会いはさまざまですが、「外国(日本)で仕事をしていくために資格を取りたかった」という点はみなさん共通するようです。
「9年間、工場でお弁当作りのパートをしていましたが、何か資格を取って仕事をしたいと思っていたとき、外国人向けの『ホームヘルパー2級*養成課座』の案内ポスターを目にしました。いい仕事だなと思い、すぐに電話しました」と、ヘルミニアさん。
マイさんは「わたしは工場で働いていましたが、リーマンショックで仕事がなくなりました。ずっと働ける仕事がしたいので、ホームヘルパー2級の資格を取りました」と話します。
*2013年度の介護保険法改正により、ホームヘルパー2級が初任者研修に変わりました。

 

介護福祉士資格取得をサポートした地域日本語教室

地域日本語教室を通して、受講生やボランテイアをはじめとする地域の人たちとつながることもできます。©すみだ日本語教育支援の会

介護分野の外国人人材の採用・受入れは、日本と東南アジア諸国との経済連携協定(EPA)の締結により2008年ごろから本格化していきます。しかし、メンバーのヘルミニアさんたちが資格取得の勉強を始めたのはそれより3年ほど前のため、外国人向けの教材などは殆ど無かったといいます。
「わたしたちが日本で介護の勉強した最初のフィリピン人だったんじゃないかと思います。たくさん教科書をもらったんですけど、漢字にルビ(フリガナ)がないので、みんななかなか読めないんです。耳では言葉がわかるので、先生の言うことを必死にメモしていました」と、リンダさん。
今でこそルビや英語訳付きの教科書や、翻訳された補助教材なども豊富ですが、当時はまだそうしたものがなく、資格取得まではかなり苦労したそうです。ホームヘルパーの資格取得後に介護の仕事を始めたメンバーのみなさんでしたが、漢字の読み書きなど、改めてしっかりと日本語を学びたいと感じていたそうです。

 

その矢先、“地域の人たちで開く、地域のための教室”として、2008年に「すみだ日本語教育支援の会」 ができました。墨田地域のさまざまな専門家たちの力を集め、介護領域で働く(または、働きたい)外国人の漢字の勉強や、介護福祉士試験の対策などを支援してくれる、「介護の日本語」に特化した学びの場です。メンバーのみなさんはここに通い、介護福祉士試験の勉強をサポートしてもらったそうです。
「介護福祉士の資格は漢字が難しいから、フィリピン人は取ることができないと言われていたんです。だからこそチャレンジしたいと思い、『すみだ日本語教育支援の会』で勉強して、資格を取ることができたんです」と、マイさん。

 

外国人受験者を悩ませ続けた国家試験の言葉の壁を低くする

国会議員の (かた) へ陳情を提出しに行った際の写真

2015年、「すみだ日本語教育支援の会」で勉強したヘルミニアさんとマイさんが介護福祉士の国家試験に合格しました。介護福祉士国家試験において、2024年現在では、外国人受験者に対し試験時間の延長や試験問題の漢字のルビ振り、難解な表現の () () えや疫病 (えきびょう) 名の英語併記などさまざまな配慮がされています。しかし、2015年当時はそうした配慮は一部の受験者に限られていたといいます。
「私たちが介護福祉士に合格したとき、日本国内に住む外国人は日本人と全く同じ試験を受けなければなりませんでした。漢字にルビがないし、日本人と同じ時間内に終わらせなければならなくて、すごく大変だった。一方で、EPA(経済連携協定)の外国人には、筆記試験の漢字のルビ振りや、試験の時間延長などの配慮がされていて。同じ外国人なのだから、条件を一緒にしてほしいと思いました」と言うヘルミニアさん。
アボット・カマイのメンバーで行動を起こし、国会議員の (かた) へお願いに行ったといいます。1回目に漢字のルビ振りを、2回目に試験時間延長の陳情を出し、見事両方の希望が通ったのです。フロントランナーである彼女たちに続く外国人受験者たちは、どれほど助かったことでしょう。

ボランティア活動で地域に恩返しをしていくため、会を結成

第20回FINA世界水泳選手権2023福岡大会にボランティアとして活動しました。全て自費ですが、楽しい経験です。
フィリピン料理教室を開催したこともあります。

介護福祉士の試験に合格して毎日忙しく働くみなさんは、仕事のやりがいについて次のように話します。

  • リンダさん「介護の仕事が大好きなので、楽しいです。お年寄りを大切にしなきゃいけないな、と思っています」

  • マイさん「今は障がい者施設で働いています。工場の仕事と比べると、人と触れ合う分、わたしにとってはやりがいがあります。仕事に年齢制限がないし、働きやすいです」
  • ヘルミニアさん「介護の仕事に誇りを持っています。子どもたちも、この仕事を尊敬してくれているんです。お年寄りとお話することも大好きで、とても勉強になります」
  • メルセデスさん「わたしが子どものころ、おじいさん、おばあさんに可愛がられて育ちました。だから利用者さんと一緒にいると、自分の家族を思い出すんです。みなさんといるのが好きなんです」

こうして楽しく介護の仕事ができるようになるまで支えてくれた日本語教室や地域への感謝の思いから、アボット・カマイは生まれたそうです。
「漢字が読めるようになって、介護福祉士にも合格できて、今こうして仕事ができているのは、本当に先生たちのおかげです。先生たちや地域に恩返しをするために、アボット・カマイを立ち上げました」と、ヘルミニアさん。
発足から10年、活動の場は地域から日本全国まで広がっています。

これからは、自分たちの専門性を活かしていきたい

取材中も四人の明るい笑い声が広がります。

これまでさまざまなボランティア活動を通じて、地域や日本社会に恩返しをしてきたアボット・カマイのメンバーたちですが、これからは自分たちの専門性を活かした活動をしていきたいと話します。
「今後の目標として、わたしたちも40~60代なので踊るのはやめて、これまで介護の仕事で経験してきたことや知識を活かして、もっとお年寄りの役に立つことをしたいと思っています」と、ヘルミニアさん。
社会保障の抑制によって介護サービスが十分に利用できず、一人で家にこもりきりになってしまう高齢者が増えていることを日々感じているといい、今後は保険外のサービスで、地域のニーズに合わせたケアをしていきたいそうです。
「元気なお年寄りでも、不自由な部分があると思うんですよね。病院や買い物の付き添い、一人暮らしの (かた) の話し相手になるとか、困っている人たちの手伝いをしていきたいです」と、マイさん。

 

メンバーのみなさんにこれまでの活動を振り返っていただきました。

  • ヘルミニアさん「アボット・カマイでいろいろな人と出会えたり、経験ができたりして、勉強になりました。そして、自信が付きました。団体を作って本当によかったです」
  • リンダさん「わたしは楽しいことしか覚えていないんです。アボット・カマイに感謝です」
  • メルセデスさん「出会って20年、残っている人はみんな仲がいいので入って本当によかったです」
  • マイさん「ボランティア団体ですけど、年を取ったらここが自分たちの居場所になるかなと思います。みんなで旅行をしようとか、楽しむための緩いつながりと熱意があります」

メンバー全員が介護士として自信と誇りを持って働きながら、日本社会の中で経験と活躍の場を拡げています。さらに次のステップに進もうとする、皆さんの今後の活躍が楽しみです。

*本記事は取材時点での情報をもとに作成しています。最新の情報については、団体へ直接お問い合わせください。