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特定非営利活動法人 アデイアベバ・エチオピア協会 ~在日エチオピア人の生活・就労支援と、日本とエチオピアの交流を深める活動~

特定非営利活動法人 アデイアベバ・エチオピア協会
理事長のアベベ・ゼウゲさん(右)と、理事のアベベ・サレシラシェ・アマレさん(左)
 

「アデイアベバ・エチオピア協会」の名前は、花からつけられています。エチオピアでは新年の朝、親しい人にアデイアベバという花を贈るそうです。今年もよいで年でありますように、そんな願いと希望のシンボルのような存在がアデイアベバです。「アデイアベバ・エチオピア協会」の歩みが、花のように希望のメッセンジャーになることを目指しています。理事長のアベベ ゼウゲさんと、理事のアベベ セレシラシェ アマレさんにお話をうかがいました。

 

平均気温25度、エチオピアは暑くない

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エチオピアと日本は約1万キロ以上離れています。成田から首都のアディスアベバまで約16時間で到着とのことです。
 

東アフリカに位置するエチオピアは、日本から約1万キロも離れています。アジア隣国の国々と比べると情報が少ないため、どのような国なのか知らない人も多いと思います。第1回東京オリンピックを知っている世代は、マラソンで優勝したアベベ ビキラ選手を思い浮かべるかもしれません。人口は約1億1,207万人(2019年)で、面積は日本の約3倍。アフリカ大陸だから1年中 (ねんじゅう) 暑いと思いがちですが、平均気温は25度。「エチオピアは4,550mの山から海抜-125mと高低差がありますが、人が最も多く住んでいるのは標高2,000m~3,000,のあたりです。首都のアディスアベバも2,400mの高原にあります」とアマレさん。1年中 (ねんじゅう) 過ごしやすい気候だそうです。

 

エチオピアと日本の似ているところ

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協会の名前が3言語で書かれています。左側の文字がアムハラ語です。
 

「エチオピアはアフリカで唯一、独立を守り続けた国です。植民地になったことがありません。公用語はアムハラ語で、自分たちの国の文字を持っています。言葉は80言語あり、80の民族が暮らす国です。エチオピアの3,000年以上ある文化を、民族が一丸となって守りました」とゼウゲさん。アディスアベバにはアフリカ連合の本部や国連などがあり、アフリカの政治や経済の中心地といわれています。
また、エチオピアはコーヒー発祥の国。ゼウゲさんは「日本は緑茶でお客さまをもてなしますが、エチオピアではコーヒーでもてなします。日本のお茶会のようにコーヒーの正式な儀式があります」と教えてくれました。アディスアベバには日本庭園があり、茶室もあるそうです。
「アムハラ語は子音と母音で出来ています。日本語のひらがなと同じです」とアマレさん。さらにもうひとつ似ているところは「エチオピア人は目立つことが嫌いです。日本人と同じで静かでシャイです。挨拶では頭を下げ、敬語を使います。人に迷惑をかけないという考え方も同じです」。共通点を探すとまだまだ見つかりそうです。

 

東京にいるエチオピア人の半数は葛飾区に在住

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アデイアベバ・エチオピア協会の事務所はアパートの1階にあります。親切な大家さんのおかげでこの場所に事務所を持つことがました。
 

ゼウゲさんは日本に住んで37年、アマレさんは25年になります。当時は50人ほどのエチオピア出身者しかいませんでした。2005年ごろからエチオピア出身者が増えてきたそうです。「2005年にエチオピア総選挙があり、たくさんの問題が起きました。若者は大学を辞めていろいろな国に逃げ、難民になりました」とアマレさん。現在、日本には約450人のエチオピア出身者がいます。都内には170人ほどで、その半数の約80人が葛飾区に住んでいます。「アデイアベバ・エチオピア協会」も葛飾区四つ木で、古いアパートの一室が事務所です。設立して11年になりました。

 

事業は実に多彩。組織は小さいけど、ハートは大きい

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左からドゥフェラ・デミセさん、ゼウゲさん、アマレさん、ゲレタ・デガガさんです。デミセさんとデガガさんは兄弟で、難民申請中です。
 

在日エチオピア人のネットワークづくりや人権・生活・就労支援は、とても重要な事業です。病院へ行く、保育園に入る、難民申請をする、さまざまな相談から日本語の通訳のお手伝いをしたり、生活支援が必要な人には食料品のサポートもします。いろいろな会社の人とつながり、仕事を紹介することもあります。理事たちは自分の仕事をしながら、協会の事業を支えています。アマレさんが協会のサポートで活動した日にちは、1年間に118日もありました。 (ほか) の理事もほとんど同じで、すべてボランティアで活動しています。自分たちが大変な苦労をして今があるので、同じエチオピア出身者をサポートしたいと思っています。
そして、もう一つ大切にしているのは文化交流会です。エチオピアのことをもっと知ってほしいので、 (ねん) 3回は文化交流を行っています。徐々に広まり、いまでは80~100人が参加し、その6割ほどが日本人です。エチオピアの文化や料理を紹介すると興味を持ってくれます。「料理は日本の (かた) も手伝ってくれます。面白いことに、日本の (かた) が作ったエチオピア料理のほうがおいしいんですよ」と、ゼウゲさんが楽しそうに話します。ここ1年間は残念ながら中止しているそうです。

 

コミュニティを作るのではなく、町の一員になる

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協会のすぐ近くにある「ドリーム ハラル フード」の店長さん。お菓子から肉、野菜、各国のスパイスまで扱ってます。協会の場所がわからずに尋ねたら、親切にアパートの前まで連れて行ってくました。
 

葛飾区四ツ木はとても住みやすいといいます。物価も家賃も安いし、小さい工場があるので仕事もある。地域の人がとてもやさしい。最初は別々の場所に住んでいたエチオピア出身者たちが、いつの間にか近くに集まるようになりました。ゼウゲさんは「江戸っ子はいろいろな地域から来た人たちですよね。私たちはたまたま海を越えて下町に来ました。ここの大家さんもとても親切にしてくれます。外国人だからとか、分け隔てがありません」といいます。
アマレさんは「外から見るとエチオピアコミュニティと思うかもしれませんが、私たちは自分たちのコミュニティをつくろうと思っていません。町の人とおなじように葛飾の一員なりたいです」。地域でお世話になっているので、町会にも入りました。お祭りでは焼きそばも作ったりするそうです。
近くにはバングラデシュ出身者が経営する、ハラールのミニスーパーがありました。9か国以上の国の商品を扱っているそうです。エチオピア出身者だけでなく、葛飾にはたくさんの外国人が自然に解け合って暮らしています。

*本記事は取材時点での情報をもとに作成しています。最新の情報については、団体へ直接お問い合わせください。